急に暖かい日が続くようになってきました。
これからは三寒四温と言いますが、また寒い日があって、その次は暖かくなって、と暖→寒→暖→寒→暖→寒→暖というふうに春になってくると言われています。
さて今回から、このブログはしばらくの間、本の紹介をしたいと思います。
これから社会に出る人や、社会に出ている人の中で「これまであんまり本を読む習慣がなかった」という方に向けて、ブックオフでワンコインかツーコインで買えそうな、読みやすくてそれでいて効果的な本を紹介してまいります。
記念すべき第一弾は、「我が名はアラム」
孤独を感じて、帰るところが見当たらない時などに効果があります。
この本はサローヤンというアメリカの作家が書いた本です。
実は紙版はもう絶版になってしまって、電子出版のキンドルで495円、中古なら200円前後で売っている180ページ足らずの文庫本です。
1900年前後、トルコによって国を追われ、アメリカの西海岸の田舎町フレズノにたどり着いたたアルメニア人一族の息子、アラムが底抜けの貧乏生活の中で味わう、西海岸の日差しのように明るく、少し悲しい短編をつづった物語です。
アラムの家族(おじいちゃん、おばあちゃん、おじさんやいとこなどの大家族です)、ガローニアン家は戻るべき国もなく、移民としてアメリカで暮らしています。
アラムといとこや、おじさん、メキシコ・アラビアの移民やその子ども、アメリカ先住民たち(日本人も一瞬出てきます)がおりなす、明るくも哀愁をおびた日々のスケッチを読んでいるだけで、孤独を忘れることができます。
最終話の「あざける者への言葉」で、すこし大人になったアラムは街を出ます。
そしてニューヨークに向かう途中、ソルトレイクシティでむかえた朝、長距離バスの停留所で、ある男に声をかけられます。
「君は救われているかね?」
救われてないけど関心はある、それに15分後にはこの町を出る、とキザに答えたアラムに男は言います。
「そんなのは平気ですよ。以前四分で人を救ったことがありますから」
「そりゃ早い」とアラムは男の話を聞いてみることにしました。
「あなた、何もしなくてもいいんですよ(中略)ぜひやらなくてはいけないことは、ご自分の態度を変えることです。(中略)つまりあれこれ考えるのをやめて(中略)善も悪も何もかも信じるんです」
「それだけでいいんですね?」
「それだけですよ」(後略)
アラムはバスに乗り、その宗教家(?)と別れます。
アラムは彼をからかったつもりでしたが、それは間違いでした。
「僕はソルトレイクシティを出て10分もしないうちに、右も左も全て信じていた。そして今にいたるまでそうなのだ。」
と、この小説は結ばれています。
作家のサローヤンもアルメニア移民の子として生まれ、孤児院に行ったり、新聞売り子をしたりして苦労して育ちます。
作家になってからも結婚と離婚、復縁、そして離婚と決して幸福とは言えない人生を送ります。
しかし彼はきっと「善も悪も何もかも信じ」て生きていったのではないかな?
と信じることのできる内容に仕上がっています。
そうそう、この我が名はアラムは今、新潮文庫から2016年に村上春樹とも親しい柴田元幸の新訳で「僕の名はアラム」というタイトルでも発刊されています。
こちらは新品で605円、中古でも200円台のようですよ。
☆私の手元にあるのは角川文庫で三浦朱門という往年の大作家が約したもので30年前に80円で手に入れました。他に戦前に清水俊二という人の訳で出ていたものがあり、私が高校の時に初めて図書館で読んだのはこちら。うろ覚えですが・・
ムーラッドは言った、いますぐ飛び降りるんだ 馬に乗りたければな。
といったようなセリフにカギカッコがない詩的な書き方がされていました。