ワンコインで効果がある本(6) 人道主義が守られないことに疑問を持ったとき「アーロン収容所 西欧ヒューマニズムの限界」会田雄次 著  

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    オススメの理由

    ・「イギリス軍の捕虜」という珍しい実体験が書かれている

    ・人道がなぜこんなに守られないのか?どうすべきなのか?のヒントが隠されている

    ・新書版になって文庫版より字が大きくて読みやすい

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    今回のオススメは、京都大学教授で歴史学者、会田雄次さんの体験記「アーロン収容所」

    会田さんは戦前、京都大学を卒業し、大学の歴史の先生をしていた27歳のときに、敗色濃厚な太平洋戦争に、「一等兵」つまり士官ではなく一兵卒として招集されます。

    開戦当初は大学の先生をしていたような人は招集されないか、招集されてても日本国内にとどまっていましたが、敗戦間近で余裕のなくなってきた旧日本陸軍は、青白きインテリまで初年兵として戦地に送り込むようになっていたのです。

    会田さんの部隊はイギリス軍と向き合うビルマ戦線に投入され、ろくな装備も食料もなく、マラリヤや栄養失調に悩まされながら、転戦(退却のことをかっこよくこう呼んでいたそうです)を続けます。

    そして1945年の終戦から2年間、ビルマ(現在のミャンマー)のラングーン(現在の首都ヤンゴン)で捕虜生活を送ることになったのです。

    皆さんは戦争に行って捕虜になったらどんな扱いを受けると思いますか?

    実は「ジュネーブ条約」というのがあって、捕虜の人道的待遇を締約国に義務付けており、捕虜を死に至らしめることや、健康に重大な危険を及ぼす行為を禁じています。

    実際太平洋戦争でアメリカ軍に囚われた日本人捕虜は概ねそのように扱われたようですし、日本も国内の捕虜収容所では外国人捕虜の扱いには神経を使っていたそうです。

    しかし映画「ラーゲリより愛を込めて」でも知られる、ソビエト連邦による日本人捕虜のシベリア抑留では、強制労働により5万人以上の死者が出たと言われております(私は抑留から戻った人と話したことがありますが、私ならきっと生きては帰れないだろうと感じました)。

    同じく映画「戦場にかける橋」で有名な日本陸軍がビルマとタイの間に敷設した泰緬鉄道の工事では、連合軍側捕虜が強制労働により1万2千名亡くなるなど、悲惨な捕虜の実態も明らかになっています。

    さて、この本によると会田さんらミャンマーの日本人捕虜は、不潔で栄養も十分でない生活を強いられ、まるで嫌がらせのような糞便の処理や下水の掃除などの労働も強制されますが、意味もなく暴力を振るわれたりすることはありません。

    しかし、目を合わせると怒鳴られる、チップ代わりのタバコは床に投げ渡されるなど、イギリス人兵士からいわゆる同等の人間としての扱いは一切受けませんでした。

    英文学者であった会田さんは、イギリスが「人道主義(ヒューマニズム)」発祥の地であることを知っていますので最初は不思議に思います。

    しかし会田さんは、女性兵舎の掃除のときに、恥じらいもなく日本人捕虜がまるでそこにいないかのように振る舞うイギリス人女性兵士を見て気づきます。

    彼らの人道主義は、彼らが人間と認めた相手にしか適用されないことに。

    日本人捕虜は人種も宗教も違うのでむしろ家畜に近い感覚で「飼育」されていたのではないか、と会田さんは考えたようです。

    もちろん開戦当初、勇猛果敢な日本兵に負け続けたイギリス人にとって、日本人捕虜は憎むべき相手であるから、屈辱を与えるような扱いはするものの、家畜でもあるからきちんと飼育し、重い病気になれば手当をし、きっちり労働させる、というわけです。

    会田さんは、イギリス統治下のビルマで、国民であるはずのビルマ人、少数民族のグルカ兵、そして彼らを監督するためにいるインド人に対するイギリス人の厳しい態度にも同じ匂いを嗅ぎつけます。

    そしてさらに会田さんは、同じイギリス人同士でも、兵士とその上の士官クラスとの、決して混じり合うことのない階級の壁にも気が付きます。

    同時に、自分たち日本人の、堂々と権威に歯向かうことはせず、言いなりになってしまい、そのくせ裏ではいろいろ逆らうところ(捕虜たちはあの手この手で食料や酒タバコなどイギリス軍の物資を盗んだそうです)、実際の役職よりも仕事ができる人に権力が集まるところ(顔役みたいな人ですね)、にも言及しています。

    会田さんは帰国後、京都大学の教授となり、主に中世〜ルネサンス期のヨーロッパ史と日本の戦国時代の研究を続け、保守派の論客として日本人がもっと合理的精神をもって西欧社会に立ち向かうことを説きます。

    私自身も大いに共感するところがあるのですが、会田さんの辛い捕虜生活の体験がなければたどり着かなったお考えかもしれませんね。

    その後、社会のグローバル化が進み、世界中にすばらしい人道主義(ヒューマニズム)が広がったようにも見えます。

    イギリスの現在の首相リシ・スナクさんはインド系のヒンドゥー教徒ですしね。

    しかし戦争や内乱が起こっている地域や、さまざまな差別が起こっているところ(日本も例外ではありません)では、人道とは程遠いことが実際に行われています。

    もし人道主義が互いに人間と認めた相手にしか適用されないのなら、まずお互いが人間と認め合うことが大切なんじゃないかな、と個人的な感想をお伝えして今回は終わりたいと思います。

    ではまた次回。

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