2009年に宇宙で初めての衝突事故が起きました。役目を終えていたロシアの軍事用通信衛星と⽶国の商用通信衛星がぶつかって、どちらも破壊されてしまったのです。米国の衛星は世界をまたぐ携帯電話通信システムの現役衛星だったため相応の損害が発生しましたが、そればかりでなくこのときに宇宙に飛び散った500~600個の残骸が新たな事故を引き起こすことも大きく懸念されています。
このままでは30年後に宇宙はゴミだらけで利用できなくなる
上の図はNASAが作成した高度2,000km以下の軌道を周回する宇宙ゴミの分布図です。私たちは宇宙は広くて無限だと感じていますが、地球の周辺では役目を終えた衛星や、爆発・衝突・金属散布等の意図的な実験の残骸や、それらがさらに衝突して発生した破片の数が増え続けています。
これらの宇宙ゴミはデブリ(破片、がれきの意)と呼ばれ、対策が急がれる大きな課題となっています。現在、宇宙を周回している人工衛星はおよそ1400基ですが、デブリは10センチ以上のものだけで2万3000個以上あり、それ以下も含めると1億個とも1兆個とも言われています。(2016時点)
それらの大小無数のデブリが地球の軌道を秒速7~8キロで回り続けているわけですから、たとえ小さなかけらであっても衝突すれば致命傷になります。秒速7~8キロというのは東京~大阪間を1分で移動してしまうスピードです。運動エネルギーは速度の 2 乗に比例するので破壊力の大きさが想像できると思います。
現在、衝突防止のために米国・ロシア・日本などが、確認できるデブリを登録して常時監視をしていますが、そういった現状がこれからの宇宙開発事業の大きな妨げになってきました。
問題なく運航できる軌道が残り少なくなってきていることや、今後は予算をかけて様々な衝突対策を行っていかなければ安全が保たれないのです。
小さな衝突やニアミスはすでに何度も起こっており、このままでは30年後に宇宙は利用できなくなると言われ始めています。そのため近年では、宇宙空間に対しても「持続可能」というキーワードが頻繁に使われるようになりました。
JAXAと民間企業が導電テザー方式を共同開発
今年(2020年)の3月、国内宇宙ベンチャーのALE(エール。代表取締役社長/CEO:岡島礼奈)が、宇宙デブリ拡散防止装置の事業化に向けて、JAXAと共同で事業の実証に入るというニュースリリースが流れました。
➡ ALEとJAXA、宇宙デブリ拡散防止装置の事業化に向けたJ-SPARC事業共同実証を開始
JAXAとALEが開発しているのは導電性テザーという長い電線を使う技術です。
これは軌道上を飛んでいるデブリ(廃衛星等の宇宙ゴミ)に電線を取り付け、専用の装置から宇宙空間に電子を放出するものです。
すると、地球の磁場を電線(導体)が移動(=運動)する形になるため周辺の電子から電流が発生してローレンツ力と呼ばれるエネルギーが発生します。
このときのそれぞれの方向の覚え方はフレミングの「左手の法則」として習いましたよね。(私の手の合成写真ですみません)
進行方向と逆向きにローレンツ力が作用し続けると、徐々にデブリのスピードが落ちるため、重力の影響を受けて高度が下がり始めます。
そうやって他の衛星と衝突する可能性が低いところまで軌道の位置を下げたり、そのまま落下させて大気圏で燃やしすなどして宇宙の廃衛星などを処分します。
ご明察の通り、何かを今すぐ物理的に動かすわけではないので即効性がなく、時間をかけてローレンツ力と地球の重力に結果を委ねる方式です。ですが、ほかの手法と異なり、大きな電力や燃料を必要としないので、いま最も実用化が期待されている分野なのです。(上の動画もぜひご覧ください)
世界でただ一社!累計166億円調達に成功した日本の宇宙ゴミ除去ベンチャー
では、実際にデブリに接近する技術はどうなっているのでしょうか?実はその分野でも日本の宇宙ベンチャーが注目を浴びています。会社の名前はアストロスケール(CEO:岡田光信、日本法人代表取締役:伊藤美樹)。同社は2013年にシンガボールで設立されましたが、2015年から研究開発拠点を日本に移し、今年JAXAが公募した世界初の大型デブリ除去等の技術実証に選定されてJAXAより事業を受託しました。
➡ スペースデブリ除去に取組むアストロスケール JAXA 公募の世界初大型デブリ除去等の技術実証(CRD2※1)に選定(PDF)
➡ アストロスケール、JAXAと組み大型宇宙ごみ除去へ(全文は要ログイン)
アストロスケールの研究開発テーマは宇宙ゴミ(デブリ)への接近・捕獲技術です。2013年に世界でただ一社の「民間宇宙ゴミ除去サービス会社」として名乗りを上げ、今年中に実験衛星「ELSA-d(エルサディー)」を打ち上げ、宇宙ゴミの捕獲実証に取り組む予定です。
同社の活動は早くから内外に注目されており、現在は上場まで視野に入れた事業化の段階に入っているため、昨年もINCJ、東京大学協創プラットフォーム開発、三井住友トラスト・インベストメント、エースタートなどから33億円の出資を受け、累計で166億円を超える調達に成功しました。今後も実証実験が順調で実際に事業化が実現したら、もっと多くの出資者が得られるのではないかと言われています。
アストロスケールの宇宙ゴミ除去の特長は捕獲に磁石をつかうことです。
回収対象となる衛星などにあらかじめプレートを取り付け、回収用の衛星に設置されている磁石とくっつけます。その後、一緒に大気圏内に突入して共に燃え尽きる仕組みです。(動画参照)
こちらも網やアームを使う手法とは異なり、大掛かりな装置を必要とせずシンプルで確実性が高いのが特長です。
JAXAと日本の宇宙ベンチャーに期待
CEOの岡田光信氏は元々IT会社の社長でしたが、当初想定していたのは事業ではなく、宇宙ゴミを捕獲するという”ゲーム”の開発でした。
ところがロゴ使用の許認可などでJAXAを訪れ、自分のアイデアを提案するなどしてやりとりを続けるうちに、ゲームではなくどんどんリアルな事業化のほうに気持ちが傾いて行ったそうです。
ちなみに、前段でご紹介したALEも、本来は人工流れ星の実現を目指す宇宙エンターテインメントのベンチャーでした。
しかし人工流星のミッションを実現できる軌道が非常に少なく、もしその軌道で事故でも起きたら自分達の事業は絶たれてしまうため、事業継続のためにも事故を防止するデブリ対策が喫緊の課題と考えたとのこと。
アストロスケールCEOの岡田光信氏は1973年生まれ。ALE社CEOの岡島礼奈氏は1979年生まれで、アストロスケール日本法人社長の伊藤美樹氏は1982年生まれです。そしてどちらの会社が手掛ける技術も世界初の技術です。
導電性テザーに関しては、「こうのとり」で行った2017年の日本の実証実験は装置の不具合で失敗し、類似の導電性テザー技術(ターミネーター・テープ)で米国の会社が今年実験を成功させました。
➡ 「こうのとり」導電性テザー実証実験を実施、テザー伸展せず
➡ 米宇宙企業、テープを使ったスペース・デブリ除去技術の実証に成功
ですが、導電性テザーの研究開発は現在も日本が先行している技術であり、ALE社のカーボンナノチューブをつかった電子源と組み合わせるスタイルは日本独自のものになります。
宇宙ゴミの除去サービスは世界がビジネスチャンスを感じている熱い分野です。
ですがまだその分野にはルールがありません。例えば「米国から依頼されたらロシアのデブリ除去を日本が行えるのか?誰に許諾を得て費用は誰が負担するのか?」など、法整備や国同士の取り決めにまだまだ課題が残りますが、JAXAと若い民間の宇宙ベンチャーが提携しながら、日本独自の技術で宇宙環境に貢献し、ぜひやがて課題の解決も含めて世界をリードする存在になってほしいと思います。
(ミカドONLINE編集部)
出典/参考記事:人工衛星どうしの衝突事故、初めて発生 33億円調達に成功した「宇宙の掃除屋」アストロスケールとは? 高校物理 磁場中を運動する導体棒 など