
今回は次世代技術の挫折がテーマです。といっても希望が消えてしまったわけではありません。日本が開発し、夢の電池と言われながら、実用化が遠のいてしまった全樹脂電池について調べてみました。

次世代エネルギー社会の鍵を握る蓄電池技術。その中でも、従来のリチウムイオン電池が抱える課題を根本から解決する「ゲームチェンジャー」として大きな期待を集めたのが「全樹脂電池」です。しかし、その開発をリードしてきたスタートアップ企業APB株式会社が経営破綻したというニュースは、多くの関係者に衝撃を与えました。
「夢の電池」とまで呼ばれた技術は、なぜ事業として立ち行かなくなったのでしょうか。今回は、全樹脂電池の革新的な特長をご紹介しながら、開発企業が直面した厳しい現実、そしてこの技術が未来に残した意味について考察します。
安全・低コスト・自由自在。全樹脂電池が描いた未来図
全樹脂電池がなぜ「革命的」と称されたのかを理解するには、まず従来のリチウムイオン電池との構造的な違いを知る必要があります。従来型電池は、電気を集める「集電体」として銅やアルミニウムといった金属箔を使用し、その上に活物質(電気を蓄える材料)のペーストを薄く塗布して作られます。

この構造は、製造プロセスが複雑でコストがかかるうえに、内部で短絡(ショート)が起きると金属箔が発熱し、発火や破裂に至るリスクを常に内包していました。
これに対し、全樹脂電池は、その名の通り主要部材を樹脂で構成します。最大の特徴は、金属箔の代わりに導電性樹脂を用いた「樹脂集電体」を採用した点です。これにより、以下のような革新的なメリットが生まれました。
(1)圧倒的な安全性
金属を使わないため、釘を刺したり強い衝撃を加えたりしても、従来型電池のように激しく発熱・発火するリスクが極めて低くなります。この安全性は、電気自動車(EV)や住宅用蓄電池など、暮らしの中で大きな価値を持ちます。
(2)製造プロセスの簡素化と低コスト化
従来型電池では真空乾燥などを含む、複雑で大規模な設備が必要でした。一方、全樹脂電池の製造は、活物質を含んだ樹脂をシート状に塗って乾燥させ、それを重ね合わせるという、まるで印刷技術のようなシンプルなプロセスで完結します。レアメタルや複雑な工程が不要になるため、理論上は製造コストを大幅に削減できると期待されました。しかも材料はリサイクル可能とのこと。
(3)形状の自由度の高さ
電池セル自体が厚みのある柔軟なシート状でなので、曲げたり、様々な形状に成形したりすることが容易になります。これにより、ウェアラブルデバイスの曲線部分や、EVの車体デザインに合わせた形状のバッテリーなど、今まで不可能だった製品設計が実現できると見込まれていました。

これらの特徴を最大限に活かす技術が「バイポーラ構造」です。これは、シート状の電池のセルを直接積層していく構造で、部品点数を大幅に削減し、エネルギー密度を高めることができます。安全性、低コスト、設計自由度、そして高いエネルギー密度など、全樹脂電池は、これらすべてを同時に実現する可能性を秘めた、まさに「理想の電池」だったのです。
理想と現実のギャップ。開発企業はなぜ破綻した?
輝かしい未来期待された全樹脂電池ですが、その開発を牽引してきたスタートアップ企業のAPB株式会社は、2025年4月23日に福井地裁より破産手続き開始決定を受けました。その背景には、革新的な技術を「製品」として世に送り出すことの困難さ、すなわち「量産の壁」が存在したと考えられます。
最大の障壁は、研究室レベルでの成功を、安定した品質での大量生産に繋げられなかったことにあるようです。全樹脂電池の要である「厚く均一な活物質層」を樹脂で形成する技術は高度な生産技術が必要です。ミクロン単位での精密な制御が求められる中で、生産スピードを上げながら品質のばらつきを抑えることは難易度の高い工程でした。
また、樹脂集電体の導電性も課題の一つでした。金属に比べて電気抵抗が大きい樹脂で、いかに効率よく電気を集めるか。この性能が不十分だと電池の充放電性能が低下し、製品としての品質に影響が出るため、歩留まり(生産数に対する良品の割合)の低さや性能の不安定さを招き、計画通りの量産化を阻んだ可能性が指摘されています。
APB社は2021年に福井県で量産工場を稼働させましたが、その後の事業展開は決して順風満帆ではありませんでした。電池の技術開発と実用化には莫大な先行投資が不可欠ですが、量産化の大幅な遅れはキャッシュフローを圧迫します。加えて、既存のリチウムイオン電池も日進月歩で性能向上とコストダウンを進めており、市場の競争環境はますます厳しくなっていました。
全樹脂電池は理論上、様々なメリットがあります。しかしそれを「既存の電池を上回る現実の製品」として世に送り出すには想像以上に時間がかかり過ぎ、実現する前に資金が尽きてしまった、というのがAPB社が直面した厳しい現実でした。この一件は、特定の企業の失敗というだけでなく、日本のものづくりスタートアップが商用化に挑むことの難しさを象徴する出来事とも言えるのかもしれません。
失敗が示す次世代への道標
APB社の破綻は、全樹脂電池という技術そのものの終わりを示しているわけではありません。一つの企業の挑戦は幕を閉じましたが、全樹脂電池が社会に示したビジョンと、その開発過程で得られた知見は、次世代電池開発の歴史において重要な意味を持ちます。
まず、全樹脂電池が追求した「本質的な安全性」「シンプルな製造プロセスによる低コスト化」というコンセプトは、今後も蓄電池開発における変わらない目標です。
現在、開発競争が激化している全固体電池も、最終的にはこれらを目指しています。全樹脂電池の挑戦は、その目標に至るためのユニークなアプローチであり、今回の失敗で明らかになった課題(例:厚膜形成技術、界面抵抗の低減など)は、後続の研究開発者にとって貴重な教訓になると思われます。
また、APB社が保有していた技術や特許、ノウハウが、今後どのような形で受け継がれていくのかも注目されています。事業譲渡などを通じて他の企業や研究機関がその技術を引き継ぎ、異なるアプローチで開発を継続する可能性もゼロではありません。
残念ながらAPB社が保有していた特許や技術、設備などが海外企業を含む第三者に売却される可能性は十分にありますが、それは経営破綻の「原因」ではなく「結果」であるという見方が妥当なようです。
国の支援を受け、大きな資金も調達したのに結果を出せなかったという点では批判の声も大きい状況ですが、APBの創設者でありながら昨年社長を解任された研究者の堀江英明氏は、今年(2025年)の5月に新会社の設立を表明しました。
次世代型「全樹脂電池」のAPB前社長、開発継続へ新会社 出資形態や金額、本店所在地は | 経済 | 福井のニュース | 福井新聞ONLINE
新会社の先行きは不透明でやはり否定的な意見も散見されます。ですが、革新的な技術開発者のインタビュー記事を読むと、それが世間に認められるまでは失敗や誤解や批判などのエピソードが満載です。
全樹脂電池が本当に次世代を担う技術になるためには、こういった紆余曲折を経ても決してフェイドアウトすることなく、様々な研究者の手を経て現実化していくのが一番ふさわしいのかもしれません。
(ミカドONLINE 編集部)
参考/引用記事: 全樹脂電池とは|全個体電池との違いや考え得る課題点などを解説 | PEAKS MEDIA produced by 松尾産業 リチウムイオン電池の現状(Ⅲ) | 脱炭素技術センター など
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