上の動画はアイスランドのクラプラ地熱発電所の近くにある掘削井です。動画を再生して見るとすさまじい勢いで高圧の水蒸気が噴き出していたことがわかります。
アイスランドでは2009年、深度4.5kmの地熱資源探査を目指して掘削を進めていたところ、2.1kmの地点で偶然マグマ溜りに突き当たり、工事を中止せざるを得ませんでした。
しかし調査の結果、IDDP-1と名付けられたこの掘削井から噴出する400℃以上の蒸気を利用すれば、通常の高温地熱井をはるかに上回る25メガワット(2万5000~3万世帯分の電力)の発電が可能であることがわかったのです。(のちの推察では36メガワット)
掘削井はクラプラ発電所へ直接水蒸気を送る構造になっていたものの、バルブに故障が生じたため、その後密閉されてしまいましたが、世界で初めてのマグマ発電として話題になり地熱の大きな可能性を示唆しました。
超臨界地熱発電とは
そして今、日本でもアイスランドと同様に、深い地下の資源を利用して発電に利用する息の長いプロジェクトがスタートしています。目指しているのは超臨界地熱発電といって、地下4~5キロの深さに大量にあるといわれている450~500℃の熱水を利用するものです。
100℃で沸騰して気化するはずの水がなぜ500℃に?と思われる方も多いと思いますが、水が100℃で気化するのはあくまでも地上(1気圧)でのお話です。物質の沸点や融点は圧力によって大きく変化するため、気圧が低い高山では100℃以下でも沸騰しますし、岩盤の圧力がかかる深い地下では水の温度が100℃を超えることも決して珍しくありません。
水は温度と圧力を上昇させていくと、374℃、218気圧で臨界点に達し、液体と気体の区別がつかなくなり両方の性質を持つ物質に変わります。このポイントを超えた状態の水を超臨界水と言いますが、超臨界地熱発電とは、地中深くにあるこの水を地表まで通し、高温・高圧の水蒸気でタービンを回す地熱発電を意味します。(超臨界状態は水以外の物質でも起こります)
日本固有のエネルギー資源になり得る可能性
日本は海溝型のプレートに面しており、プレートが沈み込む際に大量の海水がプレートと一緒に引き込まれていると言われています。
それがマグマと混ざり合って上昇し、地下深部にあるマグマだまりの上部には、海水起源の極めて高温高圧な超臨界状態の水(流体)が大量に貯留していると思われます。最近では超臨界水を含む超臨界岩体があることもわかってきました。
国内の古い火山やカルデラの地下4~5kmの場所には、こうした超臨界地熱資源がある場所が見つかっており、超臨界地熱発電は他国では真似のできない、火山国日本に固有のエネルギー源として実現の可能性が模索されるようになりました。
しかし学術的には存在が明らかになっていても、実際には誰もそれを見たことがなく、世界でも成功例がありません。
そこで国は2016年度に策定した「エネルギー・環境イノベーション戦略」において、温室効果ガス排出量を大幅に削減するポテンシャル・インパクトが大きい有望な革新的技術として位置づけ、最終的に2050年までの普及を目指すロードマップをつくりました。
開発が実現すれば大量の発電が可能な全く新しい地熱資源となり、我が国では、温室効果ガス排出量の大幅削減に加えエネルギー自給率の大幅な向上に貢献することになります。
超臨界地熱発電の課題
しかし課題も多々あります。超臨界水という素材に対してもそれを含む超臨界岩体や地下4~5キロという深い高温・高圧環境に対してもすべてが未知で手探りということです。箇条書きにまとめるとクリアすべき項目は大きく以下の通りです。
・地下の超臨界水の状態を計測する技術が未確立
・開発時に超臨界岩体内で発生する現象は未経験で予測が付かない
・海水起源のため塩素等を多く含み強酸性の可能性。高温・高圧・高腐食に長期間耐える材料や機器の開発
・地熱貯留層から長期間にわたり効率よく熱を抽出するための亀裂設計・造成・制御技術が必要
(参考:超臨界地熱発電、火山大国であり技術立国の日本が世界に成功例をみない開発に挑む※Internet Archive)
未来のブレークスルーを目指して
日本の地熱資源量は世界第3位ですが、発電量は第10位と大きくランキングを落としており、地熱がエネルギーとして十分活用されていないことがわかります。理由としては従来の地熱の8割が国立・国定公園内にあることや、地域の重要な観光資源である温泉への影響が懸念され開発しにくいことが挙げられます。けれど、超臨界地熱発電はそれまでとは全く異なる階層にある地熱を利用するため、温泉や景観への影響は軽減されると思われます。
この事業の実際の現地調査は昨年から始まり、国から委託を受けた団体(※1)が北海道・東北・九州の3地域で有望箇所の調査や抽熱可能量の推定、発電の推定などに着手しました。
超臨界地熱発電は高温・高圧の超臨界水を使うためエネルギー密度が非常に高く、一基の井戸からかなりの熱量が取れることが見込まれます。内閣府のワーキンググループが暫定的に作成した資料では「2050年頃に従来の地熱発電所の約5倍となる発電出力15万キロワットの発電所建設」が目標とされています。
また、こうした地熱資源は全国で数10~100GWの発電が可能と言われ、10GWは原子力発電所15基分にも当たる膨大なエネルギー量です。実現可能性を探る2017年度の調査では、条件次第で従来の地熱発電と同程度の発電コスト9円/kWhから12円/kWhに収まることが示されました。しかし様々な課題を受けて、国では経済性の再評価が必要と判断し、今年、追加調査の実施(※2)を決定しました。
超臨界地熱発電は2050年の普及を目指す長いロードマップの事業ですが、日本のエネルギー事情にとって大きなブレークスルーになる可能性を秘めています。まだどの国でも成功していない新しい技術に向けて新たな一歩が踏み出されたところです。
※1 国立研究開発法人産業技術総合研究所、国立大学法人北海道大学、国立大学法人東北大学、国立大学法人東京工業大学、国立大学法人九州大学、地方独立行政法人北海道立総合研究機構、地熱エンジニアリング株式会社、西日本技術開発株式会社、地熱技術開発株式会社(以上2018年度)
※2採択テーマ名「八幡平地域における超臨界地熱資源の評価に関する研究開発」委託予定先/三菱マテリアルテクノ株式会社
(ミカドONLINE編集部)
出典:
アイスランド火山のマグマだまりが高効率なエネルギー源となりうると、地熱資源探査中の地質学者らが報告(国立環境研究所)
超臨界地熱発電技術研究開発(NEDO)
超臨界地熱発電、政府が候補地として選んだ5県とは(日刊工業新聞)
成果報告書詳細(NEDO)
超臨界地熱資源ポテンシャルの発掘に向けた地表調査を追加実施へ(NEDO)
など。