CO₂を捕まえる分子のスポンジ〜ノーベル賞素材MOFに期待される役割

    2025年のノーベル化学賞は、MOF(金属有機構造体)の研究に対して授与されました。1月の記事(https://mikado-denso.com/m-online/archives/post37448)では、MOFが空気中の水分を集める技術への応用が期待されていることをご紹介しましたが、実はMOFが注目されている理由は、それだけではありません。

    近年、脱炭素社会の実現に向けて重要視されている「CO₂回収」の分野でも、大きな期待が寄せられています。今回は、MOFとCO₂回収技術の関係について見ていきましょう。

    MOF(金属有機構造体)とは?

    MOFは1990年代後半に開発された多孔性材料です。金属の原子と有機化合物をジャングルジムのように規則正しくつなぎ合わせた結晶構造を持っています。注目される理由は以下の3つです。

    驚異的な比表面積

    内部はナノサイズの空間(細孔)で満ちており、わずか1グラムの粉末を広げるだけで、サッカー場1面分以上の表面積になります。この広大なスペースがあるため、大量の気体を効率よく取り込むことができます。

    特定の分子だけを狙える設計性

    従来の活性炭やゼオライトなどは穴の大きさがバラバラでした。しかしMOFは、材料の組み合わせを変えることで、穴の大きさや性質を分子レベルで精密に設計できます これにより、「CO₂だけを狙って吸着する」といった高度な選択が可能になります。

    省エネで吸着・放出ができる

    材料そのものの性質で気体を引き寄せるため、余計なエネルギーを使わずにガスを回収・貯蔵できます。

    CO₂を回収する?

    近年、世界各国で脱炭素に向けた取り組みが進んでいます。太陽光発電や風力発電の導入、省エネルギー化などが進められていますが、それだけでは排出量削減が難しい産業もあります。

    そのため現在は、「排出されるCO₂を回収する」という考え方にも注目が集まっています。

    発電所や工場などから排出されるCO₂を分離・回収し、再利用したり地下に貯留したりする技術は、CCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)と呼ばれています。
    国際エネルギー機関(IEA)も、2050年カーボンニュートラルの実現にはCCUSが重要な役割を果たすとしています。

    また、CO₂の削減量を価値として活用する動きも起こり始めています。その代表例がカーボンクレジットです。カーボンクレジットは、温室効果ガス(GHG)の削減・吸収量をクレジットとして売買するというものです。

    削減の場合、基本的な算出方法はベースライン排出量を基準(もと)に算出します。これは、プロジェクトを実施しなかった場合に想定されるGHG排出量(ベースライン)と、実施によって実際に削減できた量との差分をクレジットとして認証する仕組みです。

    将来的にMOFを活用したCO₂回収技術の効率向上やコスト低減が実現すれば、より多くのCO₂回収プロジェクトが実施される可能性があります。MOFはカーボンクレジットの創出を担う技術の一つになるかもしれません。

    「分離」が鍵になる

    さらにMOFは、先ほどご紹介した細孔の大きさや性質を設計できるという強みがあるため、特定の気体を選択的に吸着させる研究が進められています。その代表例がCO₂です。

    工場や発電所の排ガスには、窒素や水蒸気などさまざまな気体が含まれていますが、CO₂回収で難しいのは、CO₂を見つけることではありません。排ガスに含まれる多くの気体の中から、CO₂だけを効率よく分離することです。

    現在もさまざまなCO₂回収技術が利用されていますが、従来の多くの手法では、気体を分離・回収する際に莫大な「熱エネルギー」を必要とする点が課題でした。

    ここで、最初にご紹介したMOFの「省エネで吸着・放出ができる」という特徴が真価を発揮します。

    MOFは材料そのものの性質を利用して、特定の気体だけを選択的に吸い込み、少しの温度や圧力の変化だけで簡単に吐き出すことができます。そのため、従来の技術に比べて回収にかかるエネルギー効率を劇的に向上させられるのではないかと、大きな期待が寄せられているのです。

    空気中のCO₂を直接回収する技術にも

    近年は「DAC(Direct Air Capture)」と呼ばれる技術も注目されています。これは、工場の排ガスではなく、大気中に存在するCO₂を直接回収する技術です

    大気中のCO₂濃度は約0.04%と非常に低いため、効率的な回収は簡単ではありません。そこで、MOFをDAC向けの吸着材として活用する研究も進められています。現時点では研究開発段階の技術ですが、将来的な応用が期待されています。

    脱炭素というと、太陽光発電や風力発電、水素エネルギーなどに注目が集まりがちです。

    しかし、その裏側では新しい材料の開発も重要な役割を担っています。
    MOFは、CO₂回収だけでなく、水素貯蔵やガス分離など、さまざまな分野への応用が期待されている素材です。

    2025年のノーベル化学賞で評価されたのも、こうした未来の可能性を広げる新しい材料の世界を切り拓いた点にありました。目に見えないほど小さな分子の世界から生まれたMOF。

    その研究は、これからのエネルギー社会や脱炭素社会を支える技術のひとつとして、今後も注目されていきそうです!

    (ミカドONLINE 編集部)

    参考記事:2025年ノーベル化学賞 「金属有機構造体の開発」 とは? 多孔性新素材に広がる活用の可能性 科学の目でみる、 社会が注目する本当の理由 30秒で解説すると・・・,MOFとは【第1回】 ~構造や特徴を分かりやすく解説~,【わかりやすく解説】カーボンクレジットとは?,DAC(直接空気回収技術) とは? ―カーボンニュートラル実現に貢献するネガティブエミッション技術― 科学の目でみる、 社会が注目する本当の理由