(48) 海底ケーブルを使わない送電。ZOZO出身のベンチャーが電気を船で運ぶ新しいインフラを開発する理由

    みかドン ミカどん39歳のZOZO出身者が設立したベンチャー企業が、100億円以上の資金を調達して、海底ケーブルに代わる新しいインフラに挑戦しています。それは電気を船で運ぶというプロジェクトです。今回はその内容と会社についてご紹介します。

    蓄電池を積んで電気を運ぶ船が今治で建造中

    初号船「Power Ark X」(画像:パワーエックス社

    愛媛県の今治市でいま、世界で初めてとなる船の建設が進んでいます。この船の目的は電気を運ぶこと。全長140メートルの船体に大容量のコンテナ型バッテリー96個を積んで、電気を運搬します。

    1度で運べるのは241MWhで(約2万4000世帯の1日分の電力量に相当)、洋上風力や海をまたぐ遠隔地で発電した電気を海底ケーブルを使わずに「船」で運ぶ、日本発の新しいインフラを目指します。

    開発しているのは、2021年に創業し、主に大型蓄電池の製造や販売を手がける東京のベンチャー企業「パワーエックス(PowerX)」(本社:東京都)です。

    伊藤正裕氏(画像:電源開発

    パワーエックスを設立したのは元ZOZOの取締役兼COOで伊藤ハム創業者の孫でもある伊藤正裕氏(39歳)です。

    伊藤氏は17歳で起業しM&AでZOZOの一員となった後は「ZOZOスーツ」「ZOZOシューズ」の開発に携わるなど、テクノロジーを駆使した新規事業を手がけて同社をけん引してきました。

    やがてエネルギー産業での起業を公言して2021年に取締役COOを退任し、同年パワーエックスを設立しました。

    伊藤氏がパワーエックスを設立したのは、上場企業幹部として世界中からESG投資の目にさらされる中、時代の大きな転換点にいることに気づいたからだそうです。そして日本が世界に向けて強みを発揮できる新しいインフラをつくりたいと思ったとのこと。

    この会社には今治造船や四国電力、伊藤忠など30数社や個人投資家などが100億円以上を出資しました。同社のサイトでは現時点で(2023.8月)以下の株主・投資家が掲載されています。

    パワーエックス社の株主・投資家一覧(2023.8月)
    今治造船株式会社 日本瓦斯株式会社 日本郵船株式会社 Frontive Holding Spiral Capital株式会社 伊藤忠商事株式会社 Japan Airlines & TransLink Innovation Fund, L.P. (JAL Innovation Fund) 株式会社三菱UFJ銀行 三井物産株式会社 JA三井リース株式会社 MY.Alpha Management HK Advisors Limited 損害保険ジャパン株式会社 正栄汽船株式会社 株式会社辰巳商会 BEMAC株式会社 東京センチュリー株式会社 センコーグループホールディングス株式会社 ナミックス株式会社 石油資源開発株式会社 株式会社脱炭素化支援機構 株式会社安川電機 NEC and Translink Orchestrating Future Fund, L.P. アンカー・シップ・パートナーズ グループ 四国電力株式会社 森トラスト株式会社 みずほキャピタル株式会社 未来創造キャピタル株式会社(みずほリースCVC) 三菱商事株式会社 電源開発株式会社(J-POWER) 株式会社ちゅうぎんキャピタルパートナーズ 合同会社K4 Ventures(関西電力グループ) フードテクノエンジニアリング株式会社 東北電力株式会社
    ※ESG投資とは・・・投資家が環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)に配慮した課題解決に取り組んでいる会社に対して優先的に投資する考え方

    再生可能エネルギーを低コストで遠隔地へ

    (画像:NHK

    パワーエックス社の電気運搬船で運ぶのは主に再生可能エネルギーの電気です。

    たとえば洋上風力発電の場合、洋上で作られた電気は海底ケーブルを通じて陸地へ送られていますが、地震が多く沿岸の海底が深い日本ではケーブルを敷設するコストが高くなります。このため船を使って電気を運ぶ方が低コストになると考えられます。

    そしてこの手法が確立すれば、より風の強い沖合へ洋上風力を建設することも容易になるそうです。

    また同社では北海道から本州に電気を運搬することも想定しています。

    広大な北海道は風力発電の適地とされ、2050年には60ギガワットを超える再生可能エネルギーの発電が見込まれますが、将来的に送電線を強化しても本州に送ることができるのは7ギガワットにとどまるとのこと。

    そのため本州よりも電力消費が少ない北海道では、再生可能エネルギーの余剰分を道内で活用できず、最終的には捨てるしかありませんが、その課題を電気運搬船で解決するというアイデアです。

    船に重い蓄電池を多数積むため長距離の運航には向かないというデメリットもありますが、洋上風力や海峡間の輸送、離島への輸送など短い距離であれば価格的な競争力は十分あると同社では見ています。

    搭載する蓄電池は岡山県の自社工場で製造する自社ブランド

    パワーエックス社の業務の柱は大型で大容量の蓄電池製造です。そのため電気運搬船に積み込む蓄電池も自前です。

    このほど岡山県玉野市に国内最大規模の蓄電池モジュール工場が完成し、8月30日には内覧会が行われました。

    (YouTube OHK公式チャンネル)玉野市に国内最大規模の蓄電池工場の建物公開…5年後には100人以上の雇用も【岡山】 (23/08/30 18:00)

    この工場はPower Baseという名称でパワーエックス社のサイトでは「美術館に見えますが、蓄電池の工場です。」というキャッチコピーが付けられており、世界的な建築家の妹島和世氏がデザインしたそうです。

    (画像:伊藤正裕 PowerX CEO

    新工場での生産開始は2024年春の予定ですが、同社が主力に位置付けているEV急速充電用蓄電池等はすでに徳島の提携工場で製造を開始しています。

    また電気運搬船に搭載するコンテナ型定置用蓄電池も同じ玉野市にある提携工場(三井造船特機エンジニアリング)で8月から組み立てを開始しました。

    同社の蓄電池は大量生産による高品質+低価格を目指しているそうですが、ニュースリリースを拝見すると、株式会社オリンピアや東急不動産などからは系統用蓄電池の受注も入ったとのことで、まだ未知数ではありながら、ここにきて少しずつビジネスが本格化しているようです。

    海外進出も視野に2026年から国内外で実証開始

    伊藤正裕氏によれば「日本は造船業が強い。蓄電池も本来強いはず。これを組み合わせることで『電気を船で運ぶ』という新しい産業が生まれる可能性があるのではないかと思った」とのこと。

    パワーエックス社では最初から世界進出を念頭に置いた運営がされています。電気運搬船のキャッチフレーズのひとつに「海上送電網を世界中に」という一文があり、将来的に日本初のこのインフラを世界に普及させたい意欲が感じられます。

    取締役も再生医療ベンチャー「ヘリオス」の代表を務める鍵本忠尚氏が会長を務めるほか、元テスラ幹部、元Google幹部、元ゴールドマンサックス証券ディレクターなど外国人が3名おり、チーフエンジニアも外国の方のようです。

    今年の5月25日、パワーエックス社は結し、同日、とも結しました。

    サイトを拝見すると、電気運搬船には乗組員しか体験できない専用ラウンジや個室があったり、海外進出の際は廃止された火力発電所や廃炉になった原子力発電所を充放電設備に再利用するアイデアなど、魅力を感じる提案があって見せ方もうまく、なかなか気になる会社です。

    パワーエックス社の電気運搬船は2026年から国内外で実証実験を開始する予定ですが、大きな事故や災害やアクシデントがないように願わずにはいられませんね。

    (ミカドONLINE編集部)

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    参考/引用記事: 世界初「電気を運ぶ船」建造へ 船を海底ケーブルの代わりに 目指すは自然エネの“爆発的普及” | 乗りものニュース 「船で電気を運ぶ」再エネ供給の増大見越し、ZOZO前COOが新会社でチャレンジ | Business Insider Japan “世界初”の船は何を運ぶのか? | NHK | ビジネス特集 | 脱炭素社会への動き 株式会社パワーエックス | PowerX, Inc(各ページ・ニュースリリース等) J-POWER | 電源開発株式会社 | GLOBAL EDGE(グローバルエッジ) │ Opinion File 燃料ではなく電気を運ぶ新進ベンチャーの発想力伊藤 正裕 玉野市に国内最大規模の蓄電池工場の建物公開…5年後には100人以上の雇用も【岡山】 | OHK 岡山放送 その他掲載各YouTubeチャンネル など

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