【リチウムイオン電池講座】No.03_世界初のリチウムイオン電池は日本製

    (前回) リチウムイオン前夜物語 ➡

     

    (第3回)前回はリチウムイオン電池前夜を彩った電池たちをご紹介しました。今回はリチウムイオン電池が世に出るにあたってはずせない日本人科学者とリチウムイオン電池の歩みのお話です。

     

    「しもしも〜? あたし〜」(←1980年代のイメージ(笑))

     

    1980年台、LSI(大規模集積回路)の進化により携帯電話などの携帯機器が開発されると、小型の蓄電池が切望されるようになってきました。そのニーズに応えるべく、鉛電池やニッカド電池の改良、ニッケル水素電池の開発が進んだものの、どうしてもその機能には限界があったのです。リチウムイオン電池はそのアイディアこそ1970年台からあったものの、製品として登場するには反応性や安全性など、幾つかのクリアすべき問題がありました。

    NASAのリチウムイオン電池(Wikipediaより)

     

    ちょうどそのような頃(1980年)、オックスフォード大学のジョン・グッドイナフと水島公一が正極の材料として「コバルト酸リチウム」が適していることを世界で初めて発見したのです。

     

    水島博士は当時硫化物を正極に使えないか試行錯誤していましたが、使わせてもらっていた他の研究室の炉をうっかり爆発で壊してしまい出入り禁 止に。「仕方なく酸化物を研究対象とすることで、半ば偶然にこの発見に至った」と後に語っています。そしてその5年後、旭化成の吉野彰が炭素材料を負極とし、リチウムを含有するコバルト酸リチウムを正極とする新しい二次電池であるリチウムイオン二次電池(LIB)の基本概念を確立したのです。

     

    吉野博士は、科学者の誰もが負極材に金属を模索していたところを、白川英樹(2000年ノーベル化学賞)が発見した導電性ポリアセチレンに着目、その後炭素原料に行き着くというブレークスルーを成し遂げたのでした。その後1991年、1993年と立て続けにソニー、旭化成が世界初のリチウムイオン電池の製品化に成功。その後現在に至るまで、安全性を脅かす様々なアクシデントもありながらも、リチウムイオン電池は「夢の電池」から「無くてはならない電池」に変貌を遂げていったのです。

     

    なお水島氏、吉野氏とリチウムイオン電池製品化に向けて功績のあった西美緒氏の3名の日本人は、グッドイナフ氏とともに、ノーベル化学賞の有力な候補者とされています。

     

    今年のノーベル化学賞は、「クライオ電子顕微鏡の開発」ジャック・デュボシェ氏(スイス)、リチャード・ヘンダーソン氏(英)、ヨアヒム・フランク氏(米)、でしたが、来年以降の発表が楽しみです。

     

    さて、次回は現在使われているリチウムイオン電池のバリエーションとその特徴についてお話いたします。

     ➡ (次回)第4回 めんどくさいけど触れないわけにもいかない・・リチウムイオン電池のバリエーション