終戦当時、布製だった傘は雨による色落ちに悩まされていました。
雨具メーカーのホワイトローズ9代目社長の須藤三男は、進駐軍がテーブルクロスの上に掛けていたビニールクロスから着想を得て、傘に掛けるビニールカバーを発売。
さらにビニールをそのまま貼り付けた傘を開発、銀座の路面店で販売したところ、1965年頃から「銀座では透明な傘が流行っている」とマスコミの話題になりビニール傘は大ヒットしました。
しかしその後模倣する会社が増え、価格競争が激しくなり、中国製が95%にまで増えたことで、
現在ではビニール傘といえば「すぐ壊れる」「使い捨て」のイメージが定着してしまいました。
しかし、元祖はぶれていません。
ホワイトローズは今でも国内唯一のビニール傘メーカーとして、4千円台の選挙活動用ビニール傘「カテール」や、お坊さんが雨天の中でも読経しやすい「テラボゼン」、さらには美智子妃殿下も園遊会でご愛用の「縁結」などを次々と開発し、高級ビニール傘メーカーとしての存在感を誇っています。
株式会社ホワイトローズのサイトはこちら
http://whiterose.jp
・・・雑学の雑学・・・
現在の構造の傘が本格的に使われるようになったのは18世紀の英国。
最初は「日傘」として使われ、はじめて雨の日に傘をさしたジェントルマンは笑われたそうです。