当社会長(沢田元一郎)が連載していたリチウムイオン電池の簡単解説記事から、毎月特定の話題をピックアップし、リチウムイオン電池のさらなる小ネタとして斜め下から掘り下げる『リチウムの斜め下』シリーズです。今回はリチウムを海水から抽出する新技術についてです。(※このシリーズの全記事はこちら)
以下は、当社会長の沢田元一郎が書いた『第1回 だからリチウムってなに(怒)!』からの一文です。
「塩湖にリチウムがあるのなら・・」と気がついたあなたは鋭い。実は海水の成分にはリチウムが2300億トンも溶けていて、ほぼ無尽蔵と言ってもいいのです。
ただし、海水から直接リチウムを精製しようと思うと(濃度の高い)塩湖かん水から精製するのと比べかなりコスト高になってしまい、採算が取れないのが実情です。
しかしリチウム資源を100%輸入に頼っている日本では、海水からの精製技術の研究が進められており、将来、原料高を気にせず安価にリチウム電池を製造できる日が来るかもしれません。
この記事から今回は、●海水からのリチウム精製技術 について、斜め下から掘り下げます。
高騰するリチウムの原料価格と今後への不安
次世代自動車の登場で、リチウム不足に拍車がかかっています。過去2年でリチウム電池の原材料価格は3倍以上に上昇。わずか1年足らずで1トンにつき2万ドルも値上がりしたそうです。
現在のリチウム高騰のきっかけは、中国の自動車政策が原因と見られています。世界最大の自動車生産国となった中国が電気自動車(EV)への転換を目指す方針を打出し、補助金等で国を挙げてEVへの移行に乗り出したため、電池の主要原料であるリチウム価格が高騰し、世界的なリチウム争奪戦が始まりました。
「世界的な電気自動車(EV)の移行を機に、2030年には需要が現在の30倍に増える」(※1)という予想もありますが、不安視されているのはリチウムの埋蔵量だけではありません。現在確認されている世界全体のリチウム埋蔵量は 990 万トン、未採掘分も含めると 3,400 万トンあるといわれています。(※2)
将来リチウムの需要が年 3~5%増大しても 200 年分の埋蔵量があるそうで、これはすぐに枯渇が心配される量ではありませんが、主産国が南米に偏在し、生産会社も数社の寡占状態のため、政情不安や各社の思惑などで安定供給されなかった場合、増え続けるEV市場にどう対応していくのかが課題となっています。
また前回も触れたように、リチウム生産量の7割は塩湖からの産出ですが、塩湖でのリチウム生産は、1年以上も塩水を天日に干して濃度を6%まで上げるという、時間のかかる手法を取っているため、低コストではありますが、出荷までにとても長い時間を要し、急激な需要の高まりや緊急性のあるニーズには追い付けないという難点があります。
リチウムを海水から抽出する技術は2014年に日本が初めて発表
そんな中で、2014年に海水からリチウムを抽出する技術を、日本が世界に先駆けて発表していました。開発したのは独立行政法人日本原子力研究開発機構(JAEA)ですが、研究を成功させたのは、我らが東北の青森県にある青森研究開発センターです。
反応性が高い(他の物質に対して化学変化を起こしやすい)ため、自然界では単体で存在しないリチウムですが、実は海水の中にも含まれています。濃度は0.1~. 0.2ppmと極めて低いのですが(ナトリウムは10,000ppm以上)、海水そのものの絶対量が多いため、これがもし取り出し可能となると、リチウムの資源量は2300億トンに跳ね上がり、無尽蔵と呼べるほどの埋蔵量になります。
リチウムの産出が南米に偏在しているのは、リチウムが採れる広大な塩湖が多いからですが、塩湖はそもそも、海水が地殻の隆起で高地に取り残されて、蒸発によって成分が濃縮されたものなので、結局元をたどれば塩湖のリチウムも海水に由来しているのです。
背景や基本技術に関しては、開発を担当された星野毅研究副主幹(2014年当時)が動画で大変わかりやすく解説なさっているので、ぜひご覧ください。
海水からリチウムを抽出する仕組みを簡単に書くと、海水と回収液(希塩酸)を、リチウムイオンだけを通すイオン伝導体で仕切り、回収液側に移動したリチウムイオンが塩化リチウムになって溶液に溶けている状態のところから、いくつかの手順を経て、最終的に工業原料として使われる 炭酸リチウムとして採取する、ということです。
でもこれって、何かの模式図にそっくりですよね。そう、蓄電池と、とてもよく似ています。このしくみでは電子が移動するため、なんとリチウムを取り出すだけでなく、発電もするのだそうです。そのため、化石燃料由来の電力をつかわなくても、エネルギーが自己完結できるため、ゼロエミッションの手法とも言われますが、実際にはこの図に書かれていないプロセス部分で商用電力のお世話になる工程があるらしいです。
この方法の特長は、電気の発生だけでなく、にがり(海水から製塩した残りの水)からもリチウムを取り出すことができることです。海水に限らず、リチウムが溶け込んでいる様々な液体からも効率よく安価でリチウムを取り出すことが可能になれば、回収したリチウムイオン電池のリチウムを溶液に溶かして再度精製できるなど、リサイクルにも期待が持てると言われています。
EVで注目されるリチウム抽出法をなぜ原子力機構が開発?
私は日本が世界で初めてリチウムの海水抽出法を開発したと知ったときに、てっきり電池メーカーと産学官が連携した組織や次世代エネルギーの研究機関が技術を考案したのだと思いました。ですが、発表したのが日本原子力研究開発機構だったので、「え?なぜ?」と思ったのが本音です。
ですが先ほどの動画を見てみると、リチウムはEVに使われるリチウムイオン電池の原料となるばかりでなく、今後実用化が期待される次世代技術の発電方法のひとつである、核融合炉にも必要な元素だったため、この研究の元々の始まりはそちらからのアプローチだったと思われます。
核融合炉は今までの原発(核分裂炉)とは全く別物で、三重水素(トリチウム)という水素の放射性同位体(リチウムとは無関係)が使われるそうです。その三重水素を生産するときにリチウムのセラミックが必要とのこと。
原子力機構がリチウムの海水抽出を研究していたのは、そういった背景があったようですが、やがてEVシフトの波と共にリチウムが今まで以上に注目されることになり、星野毅研究員のリチウム用途の説明でも、本来の目的であったはずの核融合炉ではなく、EVや蓄電池のほうをトップに掲げているところに、「流れに乗った」感もありますよね。また核融合炉も放射性物質を扱うという点では、安全性の評価がまだ定まっていないため(まだ研究段階で実用化も現時点では不明)、理解が得やすいほうを最初に持ってきた感じがなくもないかも・・・
日本はリチウムイオン電池の先進国ですが、その材料となるリチウムは100%輸入に頼っており、その8割が南米のチリからの輸入だそうです(2016年時点)。技術はあっても原料の調達に不安が残る日本としては、豊富な海水からのリチウム採取が可能になれば、工業的な基盤も盤石になりますから、ぜひ実用化してほしい技術だと思いました。
余談ですが、原子力機構の青森研究開発センターのサイトを見ていたら、「北通り地区盆踊り大会に参加(8月14日)」という記事がありました。”広報活動の一環として、直接的な交流を通して当機構のPR活動に努めている”とのことですが、こういう機関で働く皆さんは、何かと大変なんだなぁ・・・と、思わず思ってしまった私でした。
参考
※1:We’re Going to Need More Lithium/Bloomberg、
※2:次世代に向けた海洋資源からのレアメタル回収/ソルトシンポジウム2017