下の写真は太陽光発電ではありません。広大な敷地に敷き詰められたこのパネルはデンマークの太陽”熱”プラントなのです。前回は太陽の光を集光して発電する太陽熱発電についてお伝えしましたが、今回は太陽熱の温水を地域に配給する地域集熱システムについてご紹介します。
記録破りの太陽熱プラント
上の写真は一見、農地を切り拓いて作られた大規模な太陽光発電所に見えますが、実はそうではありません。これは太陽光発電所ではなく、地域に暖房用の温水を供給するための太陽「熱」プラントなのです。日本で太陽熱と聞くと、屋根の上の温水器しか思い浮かびませんが、海外ではいまスケールの大きな大規模太陽熱システムが次々と建設されています。
このプラントはデンマークのシルケボーという都市の近郊にあり、面積は15.7万m2で出力は110MWです。12,435枚のパネルを使って熱せられた水は21,000件の契約者に循環供給され、同市の熱暖房需要の20%をカバーしています。
プラントが建設されたのは2016年ですが、この時点で世界最大規模と言われており、ご覧の通りデンマークのSDGs情報サイトでは「記録破りの太陽熱プラント」という派手なタイトルで紹介されています。そのフレーズが気に入ったのでこの記事でも早速使わせていただきました。
日本では熱エネルギーがあまり重要視されていませんが、家庭のエネルギー消費の中で暖房と給湯が占める割合は思ったより多く、日本で60%、デンマークでは80%です。
そのためその部分を太陽熱でまかなえる太陽熱機器導入の割合は世界中で増加しており、世界の累積導入量はこの10年間で4倍になり、特に中国の導入量は突出しているようです。(参考:環境エネルギー政策研究所)
また北ヨーロッパでは暖房用の温水を地域全体に供給する「地域熱供給」が以前からよく導入されており、アイスランドの90%以上を筆頭に、ベラルーシ70%以上、デンマーク63%、スェーデン50%と高い普及率の国が存在します。
今まではこれらの半分以上がCHP(電気と熱を同時に供給する発電)によって供給されてきましたが、近年は大規模なプラントの建設より太陽熱の比率が上がってきています。
太陽熱地域熱供給(SDH)とは?
地域熱供給は、「温水を一ヶ所(複数の場合もある)で作り、それを張り巡らせたパイプを通して周辺の施設・住宅に送り、暖房や給湯に利用するシステム」です。つまり、各建物でボイラーやストーブ・エアコンを設置しなくても、水道管のように送られてくる温水を使うことで暖房・給湯をまかなうことができます。
熱源には、ボイラーの燃焼熱だけでなく、ゴミ焼却炉、太陽熱温水器、工場廃熱やあまった電気などさまざまなものが使えますが、この熱を一か所の太陽熱プランドで集中的に作り出し、地域全体に(厳密に言えば地域の需要家)に供給するのが太陽熱地域熱供給(SDH)です。
以下、Energy Democracyの高橋叶さんの記事から引用させていただきます。
▼温水は熱が逃げないように工夫された特別なパイプで送られます。
▼暖房は各室に置かれたパネルヒーターを温水が循環することで建物全体が暖まる仕組みになっているそうです。
地域を循環する温水は暖房のために敷設したパイプの中流れる水なので、飲料水ではありません。Energy Democracy によれば、給湯は、送られてきた温水から熱交換器を使って熱を取り出し、蛇口やシャワーを通る水を温める仕組みだそうです。
供給される温水の温度は約60℃で、思ったよりも低い印象を持ちましたが、あまり高くない方が様々な面で効率がよく、また、バイオマスなど他のエネルギーとの併用もしやすくなるとのことです。
巨大な貯水池に温水を溜め季節間のギャップを埋める
太陽エネルギーを使う限り需要と供給のアンバランスは避けて通れない問題です。特に暖房の場合は、日射量が少ない冬ほど暖房需要が多く夏は全くその逆です。それを埋めるのが蓄熱槽と呼ばれる大きな貯水池です。
夏の間の太陽の余剰熱はこの池の水を温めるためにつかわれます。そして冬の暖房需要に対応します。
そう聞くと、冷めてしまうのではないかと心配になりますが、別の大規模プラントの2016年の実績では、蓄熱槽の損失は年間で約9%程度で、90%以上の熱が利用されたそうです。(出典:デンマークの太陽熱地域熱供給と季節間蓄熱)
太陽熱の活用は太陽光発電に比べてエネルギー効率が高いのが特長ですが、加えてこのように”熱を備蓄”するシステムがが巨大な電池の役割を果たすことで効率的に運用されているようです。
デンマークで地域熱供給が普及している理由
デンマークでは6割以上の家庭の暖房が地域熱供給システムによってカバーされておりそれは国内の全エネルギーの17%に相当します。
デンマークが地域熱供給を推し進める背景にあったのが1970年代のオイルショックです。その頃のデンマークは90%以上を中東からの石油に依存しており、エネルギーシステムの転換が急務でした。
原油価格の高騰に苦しんだデンマーク政府は1976年に国としての政策や電力供給法を発表し、ここで「新規の火力発電はすべてCHP(熱電併給)であるべき」と明記されました。その熱を活かして地域熱供給システムが始まり今に至っています。
それらの施策は少ないエネルギーの効率的な活用を目指したものだったと思われますが、国を挙げての方向転換とぶれない推進力には、当時のエネルギー自給率がわずか2%だった同国の緊張感を感じます。
日本がトイレットペーパーの買い占め騒動で大騒ぎしていた時代に、デンマークでは着々とエネルギー転換施策を練り、その後、北海油田がデンマーク側でも開発されて、デンマークは原油自体も輸入の必要がなくなりました。
デンマークの現在のエネルギー自給率は常に100%を超えており(日本は2017年時点で9.6%)、現在は2050年までに化石燃料の完全撤廃を目指し、風力発電やバイオマス燃料に力を入れていますが、地球温暖化が問題視されるずっと以前からエネルギー政策に取り組んできたことが功を奏し、いま各国に課されているCO2削減目標もデンマークなら達成できると言われています。ちなみに前段でご紹介したシルケボーの太陽熱プラントでは、稼働後1年でなんと46%ものCO2削減に成功したそうです。
住宅の気密性や暖房文化の違いで日本での地域熱供給は難しいのかもしれませんが、実はデンマークよりも日本の東北地方のほうが寒いという気候の統計が出ています。太陽光発電よりもエネルギー変換効率のよい太陽熱が、やがて東北でも活かされる日が来るのかもしれません。
(ミカドONLINE編集部)
出典/参考記事: デンマーク王国にみる柔軟なエネルギー・システムの構築と地域熱供給 など