2016年4月に電気の小売業への参入が全面自由化されましたが、何やら仕組みが難しそうでこのサイトではあまり取り上げたことがありませんでした。ところがこの冬の寒波で電力需給のひっ迫が何度も報道されると、初めて聞く専門用語ばかりで戸惑ってしまいます。そこで今回は最近よく耳にする「電力スポット市場」について解説してみました。
電力卸売価格の異常な高騰で電力会社が大ピンチ
昨年の12月から今年の1月にかけて電力の卸売価格が急激に高騰しました。それによって電気を需要家(消費者)に販売している事業者は採算が取れなくなり、秋田県鹿角市に設立された第三セクターの新電力「かづのパワー」が、事業開始からわずか10か月で事業休止に追い込まれ、楽天でんきも新規契約を一時停止しました。
かづのパワーは鹿角市内にある三菱マテリアル永田発電所と日本卸電力取引所(JEPX)から電力を仕入れて市内の公共施設に販売していましたが、今年の1月には図のように仕入れ価格がそれまでの販売価格の10倍もの高値に暴騰してしまうタイミングが70回以上あり、今後の事業継続が困難と判断して2月14日をもって事業の休止を決定しました。今回の電力卸売価格の高騰により5600万円の損失になるそうです。
また電力会社の市場連動料金プランを利用しているユーザーは、この市場価格を反映して「1月の電気料金が数倍になるのでは?」という危惧が広がっており、現在各社は市場連動料金プランの新規契約を見合わせています。
発電所のない新電力はスポット市場で電力を買って売る
こういったニュースを耳にすると電力の供給や料金に対して漠然とした不安が募ります。しかも報道には「電力卸売価格」や「電力スポット市場」といった耳慣れない言葉が何度も登場するので、電気はいま一体どうなっているんだろう?と疑問に思われた方も多いのではないでしょうか。
最初に基本的なことをお伝えすると「電力卸売価格」や「電力スポット市場」というのはすべて新電力に関するお話です。2016年4月から、自由競争、分散化、再エネ活用を目的に電力販売が完全自由化され、電力小売事業に多くの民間企業が新規参入しましたが、現在約700社(2020年12月時点で698社)の登録事業者のうち、自前の発電設備を持つのは5%とわずかです。
残りのほとんどの新電力事業者は日本卸電力取引所(以下、JEPX)の会員(要:資本金1000万円以上)になって卸売市場の入札で電力を購入し、それを契約者に販売しています。かづのパワー(資本金990万円)のように会員の要件を満たさない会社でも、別の会員事業者を通じて電力を調達することができます。
卸売市場といっても青果市場のように関係者が集合して対面で売り買いするわけではありません。上の画面のように入札はネット上にあるJEPXのシステムにログインして行われます。(※詳しく知りたい方は「日本卸電力取引所取引ガイド(PDF)」をご覧ください)
電力スポット市場の卸売価格は午前10時に10分で決まる
電力の卸売市場で取引される電力は、8割が「旧一般電気事業者」と呼ばれる(東京電力、東北電力などの)全国の電力10社が任意で供出する余剰電力です。いくつかの入札形態がありますが、その中でメインのベースとなっているのが電力スポット市場です。
スポット市場の「スポット」という言葉には、単発でイレギュラーな意味合いを感じる方もいらっしゃると思いますが、決してそうではなく、電力スポット市場は発電事業者から市場に提供される1日分の電力を48分割し、新電力の各社が30分ごとの電力に対してそれぞれに希望価格と希望量を入札していく、電力卸売市場の基本取引です。
電力スポット市場の入札による取引は、ブラインド・シングルプライスオークションという特殊なもので、売る側の売り入札と買う側の買い入札を毎日午前10時にシステムがすべて統合し、需給バランスが一致する均衡点を計算によって算出して30分ごとの価格を一律に定める方式です。
入札者は誰と取引するというわけではなくシステムに対して数字を入れるだけなので相手の存在も動向もわかりません(なのでブラインド)。しかも人が考えて手動で入力しているのではなく、ほとんどが需給バランスからベストな入札価格を予測する専門サービス会社の自動システムを導入して、JEPXと連動運用させていると思われます。
それらの入札が毎日午前10時に「いっせいのせ」でガチンと突き合わされ、10分程度でその日の約定価格が決まります。
一度価格が定まると、売る側も買う側も自分たちが入札した価格ではなく、システムが定めたその日一律の卸売価格(30分単位の約定価格)での取引になります。1月にニュースになった「電力スポット市場の卸売価格の高騰」というのは、この価格があり得ない暴騰になったということです。ちなみに最高価格251円/kWhというのは世界でも類を見ない最高値とのことです。
新電力はどんなに高くても「スポット市場」で電力を買いたい
昨年の12月までは、平常時の電力スポット市場の卸売価格は10円以下でした。それが20倍以上の異常な高値になってしまった背景には、スポット市場に売りに出される電力が少なかったことが原因に挙げられています。
12月・1月は寒波の影響で電力の需給がひっ迫しましたが、新型コロナウィルスで冬場の在宅ワークが増えて暖房需要が増したことや、発電所の燃料となるLNG(液化天然ガス)が世界的に大きく不足しており、日本の在庫も品薄だったため、発電事業者が思うように出力を上げられなかったことが大きな要因です。
電力スポット市場は様々なルールがあり、その日の約定価格よりも安く入札した事業者はスポット市場で電力を調達することができません。その場合は当日の電力をその日に取引する「時間前市場」で再入札をしますがこちらはスポット市場よりも価格が高くなります。
それも不調で結果的に市場で電力を確保できなかった場合は、インバランスというペナルティ制度でさらにずっと高い料金を払わなくてはいけなくなります。
つまり新電力の小売り事業者にとっては、何が何でも最初のスポット市場で電力を調達しないと、金銭的な負担が増大するので、たとえ高い金額を入札してでもスポット市場で確実に電力を買いたい思惑があります。
そういった事情から1月の電力卸売価格は少ない電力をめぐって日に日に高騰していきましたが、広い視野で見てみると、ここまでの高騰を招いてしまったシステム設計の不備や国の関与不足。そして電力会社が発電から小売りまでを一本化していた従来と異なり、相互の情報が見えにくくなったことによる、情報共有や電力需給予測への悪影響を掲げる意見もあります。
この異常事態を受けて国は1月17日に緊急で価格に上限をかけ、ペナルティの価格も来年以降は見直されるようです。これらを伝える1月のニュースの見出しは電力市場の未成熟を指摘するものが多かったように思いますが、個人的には色々なことが段々複雑になってわかりにくくなってきた気がします。
当サイトの読者の皆さんも同じ気持ちではないかと思い、今回は電力スポット市場について解説をしてみましたが、もう少し詳しく知りたい方にはぜひ以下の動画をお勧めします。
話し手の伊藤菜々さん(電気予報士 なな子)は、弾けたギャル系のトークで違和感もありますが、金融会社でトレーディング事業や再生可能エネルギーファンドに携わり、業界向けセミナーの講師経験も豊富な電力系のユーチューバーさんです。
(ミカドONLINE編集部)
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