(前回)真空管①~エジソンが放置した大発見をフレミングが実用化~からのつづきです
1904年(明治37年)に、右手の法則や左手の法則で有名なフレミング(英)が、エジソンの電球を基に発明した真空管は、二極真空管と呼ばれるもので、電気を整流する機能を持っていました。
真空状態で金属を加熱すると金属からマイナスの電子が飛び出します。(電子ってマイナスなんですよ~)それをキャッチするために、密閉容器の中に、電池のプラスにつないだ金属板(プレート)を入れてやると、磁石の動きと同じように、マイナスの電子がプラスの金属板に引き寄せられて、離れていても真空の中を電気が流れます。これが真空管です。(そのため真空管は熱を必要とします。そして、動作するまでに時間がかかります。)
真空管の中では、加熱時に飛び出す電子がマイナスの負荷を帯びているため、プレートがプラスのときしか電気が流れません。つまりプレートを電池のマイナスにつないだときには、マイナスの電子はマイナスのプレートに反発してしまい、プレート側に移動できないのです。
通常の豆電球は、電池のプラスとマイナスを逆につないでも点灯しますが、真空管はプレートがプラスの時だけ通電します。そのため交流の電気や電波のように、電圧がプラスとマイナスの間を上下する波を真空管につなぐと、プラスの波だけ通します。これが真空管の整流機能です。
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無線通信(AM波)において、電波から音声情報を取り出して可聴帯域に変換するためには、プラスの波だけ取り出して(検波)元の形に戻してやる必要がありました。当時のフレミングはその頃ベンチャーだった無線会社の技術顧問をしており、安定した検波機能を研究している過程でエジソン効果(前項参照)を知り、それが二極真空管の発明につながったのです。
フレミングが発明した二極真空管は、無線で送られてきたモールス信号の鮮明な受信に成功しましたが、広く普及して実用化されるまでには至りませんでした。なぜなら、わずかその2年後、フレミングの二極真空管をさらに改良した、三極真空管がアメリカのド・フォレストによって発明されたからです。
ド・フォレストも、当日の研究者たちが次世代技術として開発にしのぎを削っていた無線に取り組んでおり、三極真空管は二極真空管と同じく、検波器として開発されました。こちらの資料によると、ド・フォレストの三極真空管はフレミングの特許を逃れようとした工夫から生まれたようです。
ところが、この三極真空管には、発明者のフォレスト自身も当初はまったく気が付かなかった、思いもかけない機能が備わっていました。それは小さな電圧で電流が大きく変化する増幅作用でした。そしてそれこそが、この後の電子機器が発展していくすべての土台になった、大変大きな発見だったのです。