やねよーりー たーかーい こいのぼり~
というわけで、今回は直球勝負、鯉のぼりの起源についての雑学です。
江戸時代、五月の端午の節句(たんごのせっく)に魔除けとして飾られていた菖蒲(ショウブ)は、「勝負」「尚武」につながり縁起がいいと、この時期に男の子の武運長久を願い、先祖伝来の鎧兜(よろいかぶと)や旗指物(はたさしもの;戦場で鎧に差し家名の目印とした小旗)を屋敷内に飾ることが、
武士階級の家庭でたいそう流行ったそうです。
さて、それを横目で見るしかなかったのは、江戸の裕福な商人たち。
いくらお金があっても、先祖伝来の武具などはどこにもありません。しかし、子供の立身出世や健康を願う気持ちは、当時は身分が低いとされた商人も同じこと。
そこで武家に対抗し、「鯉が急流の龍門と呼ばれる滝を登って龍に変じた」という「登龍門」と呼ばれる中国の伝説にならい、「鯉の滝登り」が書かれた幟(のぼり)を立てたのが、鯉のぼりの始まりと言われています。
また、五色の吹き流しは「厄よけ」、てっぺんの天球と矢車は、神様に光と音で「ここに男の子がいますよ」と知らせるためのものだそうです。
雑学の雑学
鯉のぼりのうたは、前述のものの他に「甍(いらか)の波と雲の波・・」という文部省唱歌があります。
この歌詞の3番には上記の登竜門のお話が歌い込まれ、男子の成長を願う親の心が見事に映されていますね。著作権が切れていますので、ご参考までに載せておきます。
百瀬(ももせ)の滝を登りなば、
忽(たちま)ち竜になりぬべき、
わが身に似よや男子(おのこご)と、
空に躍るや鯉のぼり。