ミカドサイエンス&テクノロジー講座(19)~空気中に漂う生物の遺伝子を捕獲せよ~

    みかドン ミカどん

    空気中にはチリやホコリのほかにもカビの胞子や微生物、ウィルスなどが含まれています。それらに加えて人や動物の生活空間にはそこに住む生き物の遺伝子も浮遊していることがわかりました。

    水や土壌だけでなく空気中にも生物の遺伝子が飛んでいる?

    空気中からサンプルを収集する英国チームのエリザベス・クレア助教(画像:CBC

    人間を含むすべての生物は、排せつや出血、脱皮、毛の生え替わりの際に自分のからだの一部を外に放出しています。それらのDNAは遺伝情報を持っており、調べればどの生物のものかわかります。

    こうしたDNAは水や土壌に含まれるため環境DNAと呼ばれ、生態系の調査や古代の生物の痕跡など、様々な研究に活用されてきました。それが空気中からも収集が可能であることがわかったのです。

    研究を実施したのはそれぞれ独立して活動する2チームで、一方はデンマーク、もう一方は英国およびカナダに拠点を置くグループです。

    この2つのチームはデンマークと英国の動物園からそれぞれにサンプルを採取し、空気中のDNAからさまざまな動物の種類を割り出すことが可能かどうかを試しました。

    そしてデンマークでは哺乳類30種を含む脊椎(せきつい)動物49種の検出に成功し、英国では25種の動物のDNAを検出することに成功しました。

    技術自体はそれほど革新的ではないのかもしれませんが、水や土ではなく今まで誰も目を付けなかった空気に着目した点がユニークで、このレポートは共に本年(2022)1月6日付の学術誌「カレント・バイオロジー」に発表されました。

    🌎 Airborne environmental DNA for terrestrial vertebrate community monitoring
    🌎 Measuring biodiversity from DNA in the air

    飼育していない動物や餌の魚のDNAも検出

    英国の実験でDNAが検出された動物たち(画像:CellPress

    デンマークの実験では哺乳類30種、鳥類13種、魚類4種、両生類1種、爬虫類1種の計49種の脊椎動物のDNAが検出されました。

    動物園で飼育されているオカピやアルマジロや池に生息するグッピーなどのほか、ドブネズミやハツカネズミといった野生動物のDNAもあったそうです。また動物たちのエサも空中に舞い上がっているようで、魚の微細なDNAも検出されています。

    一方、英国の実験では25種の動物のDNAを検出し、そのうち17種はテナガザル、ディンゴ、ミーアキャット、ナマケモノ、ロバなど、動物園で飼育されている動物でした。そしてデンマークと同様に餌を求めて園内に入り込んだと思われるリスやハリネズミといった外部の動物のDNAも検出されました。

    空気中から人のDNAも採取できるそうです

    Aが人のDNA(画像:PeerJ

    今回の実験に先立つ英国の別な実験では、空気中からヒトのDNAも採取できることがわかりました。

    元々このときの実験はハダカデバネズミのケージから吸い出した空気でDNAを採取できるかどうかを確かめるための実験でした。ところがそれ以外の動物のDNAも検出されたので調べてみると、ヒト・犬・羊のDNAが含まれていたのです。

    研究チームは当初、人為的なミスによる汚染だと思ったようですが、何度やっても再現されるため、ヒトのDNAに関しては実験に携わったスタッフから発生した環境DNAであると結論付けました。

    🌎 eDNAir: proof of concept that animal DNA can be collected from air sampling

    この論文は昨年(2021)の3月に発表され、空気中のヒトの環境DNA採取は犯罪捜査などの法医学にも有効ではないかといわれましたが、難易度が高く効率的でないことや太陽・雨・風の影響も現時点では不明であることから、発表した研究者自身が「個人の追跡には向かない」と否定しています。

    空気中のDNA採取はSDGs「生物の多様性」の保全に貢献します

    (画像:ナゾロジー

    環境DNAの調査は絶滅危惧種とその生態系の存在を特定するのに効果的です。すでに海洋や河川、湖沼では環境DNAを活用した調査が進んでいます。しかし陸上の奥地で暮らす動物の場合は、実際に研究者が現地に行って、糞を発見したり生きている固体がカメラに映ったりしなければ、生存の確認が困難です。

    その点、空気中からのDNA採取は動物の生息環境に侵入しなくて済むため、危急種や絶滅危惧種、洞穴や巣穴など立ち入り困難な地域に住む動物の観察にとりわけ役に立つと期待されています。

    SDGsのゴール15は「陸の豊かさも守ろう」ですが、その中では生物の多様性と生態系の保全がうたわれています。また、ターゲットの15.8では外来種の侵入防止や対策の導入も掲げられています。

    研究者たちはいずれこの技術が、外来の動植物が特定の地域に入ってきているかどうかを判定したり、野生動物が住むジャングルや森林を保護する必要があるかどうか判断したりする目的で活用できるようになると考えています。

    (ミカドONLINE編集部)


    出典/参考記事:空気中から動物のDNA採取、絶滅危惧種の追跡に役立つ可能性も 「空気」からDNAを検出できるようになった 初めて成功した「空中からのDNA採取」が、地球の生物多様性に貢献する など