(78)海と風のロマンを脱炭素に生かす~商船会社がハイブリッド帆船で描く未来の「洋上風力+水素製造」計画~

    みかドン ミカどん

    10月で閉幕する大阪・関西万博では、未来の海運を象徴する展示として商船三井の「ウインドハンター」が注目を集めました。この展示は同社が2030年前後に商用化を目指しているハイブリッド帆船の模型です。今回はそちらについてご紹介します。

    風で走り風で水素をつくるエネルギー自給型の次世代未来船

    商船三井が開発を進める「ウインドハンター(WIND HUNTER)」は、風力と水素エネルギーを組み合わせて航行する世界初のゼロエミッション船をめざすプロジェクトです。

    船が風を受けて帆走しながら、海中のタービンで発電し、その電力で海水を電気分解して水素をつくり出します。そして風が弱まったときは、貯蔵しておいた水素を燃料電池に送り込み、発電した電力で電動モーターを回して航行するしくみです。

    風があるときもないときも、自然の力を活かしながら自らエネルギーを生み出して進む船なので、従来のように化石燃料を燃やす必要がなく、航行そのものが発電と水素生産を兼ねるという新しい発想に立っています。

    世界の海運業はCO₂排出量の約3%を占めるとされ、技術転換が急務となっていますが、商船三井はこの課題に対して、単なる「燃料転換」ではなく、航海そのものをエネルギー化するというアイデアを思いつき、それがウインドハンター計画となりました。

    風を燃料に変えて走る可能性を小さなヨットが証明

    ウインドハンタープロジェクトは、商船三井が東京大学、大島造船所、スマートエナジーなどと共同で2020年に始動しました。

    最初の実証実験は、長崎県大村湾で約12メートルのヨット「ウインズ丸」を改造した試験船が使われ、帆を上げて風の力で航行しながら海中の小型タービンを回して発電し、その電力で水素を製造するという一連のプロセスを実際に海上で試みました。

    航行中に生成した水素はタンクに貯蔵され、風が弱くなったときには燃料電池を稼働させて電気を生み出し、モーターで再び船を動かします。これによって「風→電気→水素→電気→推進」というエネルギーの循環が、ひとつの船内で成立したのです。

    そして2021年には、風走モードと燃料電池モードの切り替えに成功し、海上で完全なゼロエミッション航行が可能であることが確認されました。

    その後、2023年以降は実証海域を東京湾へ移し、より複雑な風況や波の条件での試験が行われました。さらに2025年3月には、航行中に洋上で生成した水素を液体燃料(MCH=メチルシクロヘキサン)に変換し、東京都内の陸上施設へ供給する実験に成功。これは「船が海で水素をつくり、陸で使う」という世界初の成果となり、国際的にも注目を集めました。

    この一連の実証は、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援を受けて進められており、商船三井は2020年代後半から2030年代前半にかけて、大型商用船での本格的な展開を目指しています。

    商船会社のDNAとして受け継がれる「風とともに進む精神」

    商船三井が「風」にこだわる背景には、長い歴史の中で培われてきた商船会社としてのDNAがあるようです。このプロジェクトに携わっている技術者の記事を読むと「風を敵にせず味方にする」というフレーズがよく出てきますが、それは長い間「風」で苦労してきた人たちがたどり着いた逆転の発想と言えるのかもしれません。

    ウインドハンターは明治の外航帆船の時代から、蒸気船、ディーゼル船へと形を変えても、海と風を読みながら航路を切り開いてきた伝統を土台に、「風とともに進む精神」「自然とともに生きる感覚」を地球環境の保全や脱炭素の取り組みにうまく活用したものです。

    とはいえ、現実の航海はロマンだけでは実現しません。海上で安定的に水素をつくり続ける技術、塩害や高波に耐える装置の強さ、建造コストや安全基準、そして商用化までの長い時間など、課題は決して少なくありません。専門家の中には「まだ概念の段階」「経済性が見えにくい」といった意見もあります。風の力を頼りにする推進では、効率の安定や航行計画にも工夫が求められます。

    ウインドハンターは、まだ計画の途中にあります。ウインドハンターの前には、まだ多くの“風”が吹いています。技術の課題、コスト・時間の壁という逆風もあれば、期待という追い風もあります。海の上だけではなく、社会的な風を超えていけるかどうかも含めて、この実証プロジェクトの今後の動向に注目していきたいです。

    (ミカドONLINE 編集部)


    参考/引用記事: 世界初、船上で生産したグリーン水素の陸上供給に成功 ~グリーン水素生産・供給船「ウインドハンタープロジェクト」で実証~ | 商船三井 WIND HUNTER(ウインドハンター) グリーン水素生産船・供給船 | サービス | 商船三井(MOL) Solutions 洋上の風力を利用した「水素生産船」、NEDO事業に採択 – ニュース – メガソーラービジネス plus : 日経BP など

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