(67)人工光合成とは?~植物のしくみをまねて水とCO2とおひさまの光で水素をつくろう!~

    みかドン ミカどん

    私たちは小学生の時に「植物の葉っぱに光が当たるとデンプンができる」という内容で光合成を学びました。これに似たしくみを人工的に発生させて、水素やプラスチックを作る試みが始まっています。今回は人工光合成について解説をします。

    人工光合成の研究が活発になってきました

    (画像:ガリレオ Ch – YouTube

    燃やしてもCO2を出さない水素は新しいエネルギー源として2010年代頃から注目され始めました。通常、水素は化石燃料から作られますが、クリーンな燃料である水素を作るために天然ガスや重油や石炭を大量に使ったのでは意味がありません。

    そこで環境に負荷をかけない方法として、太陽光発電の余剰電力を使って水を電気分解する手法が一部で実用化されていますが、コストが非常に高く、広く浸透しているとは決して言えません。

    そんな中で、新しい水素の製造方法が開発され始めています。これは水とCO2から酸素と有機物を生成させるもので、化学変化のプロセスと、電気を使わず太陽の光だけで反応が進む点が植物の光合成とよく似ているため、人工光合成(じんこうこうごうせい)と呼ばれています。

    国が進める人工光合成プロジェクトの概要(画像:NEDO

    人工光合成が植物の光合成と異なる点は、植物がこのしくみを利用して自身が生きていくための栄養分を得ているのに対し、人工光合成では(日本の場合)最終的にプラスチックやギ酸などの化学物質を生成させて、化石燃料に頼らない有機物(炭素化合物)を持続的に作っていこうとしているところです。

    この方法では最初に水を分解してH2とO2に分けるため、水素を単体で取り出すことも可能です。

    現在、国が1234億円の予算で進めている事業は「CO2等を用いたプラスチック原料製造技術開発」のため、ここで発生した水素は工場などから排出されたCO2と混ぜ合わせてプラスチックの原料になってしまいますが、人工光合成の一番大きなメリットに「自然エネルギーを使った持続可能な水素の製造」を掲げる見方も多く、そういった意味でも人工光合成は有望視されています。

    葉緑素と同じ働きをする「光触媒」の発見者は日本人

    (画像:菅製作所

    人工光合成に欠かせないのが光触媒です。触媒とは、自分自身は変化せずに自分と接触(直接/間接)している物質に化学反応を起こさせる物質のことを指しますが、これが植物の葉緑素と同じ働きをすることによって人工光合成が可能になります。

    光を当てると水を分解して、酸素と水素を発生させる物質があることを最初に発見したのは日本人でした。

    1960年代に東京大学の大学院生だった藤嶋昭氏(元東京理科大学学長/現:東京理科大学栄誉教授)が高感度写真フィルムの研究をしている最中に、酸化チタンと白金を入れた水溶液に光を当てたところ、それぞれから気泡が発生していることに気づいたのです。

    同氏はそれが酸素と水素であることを確認し「すごい!植物の光合成と同じことが起きている!!」と大興奮したそうです。しかし1968年に恩師との共同研究でそれを論文に発表しても、光がエネルギーだと思われていなかった当時は誰にも信じてもらえず、この研究が4年後にイギリスの科学雑誌『ネイチャー』に掲載されるまでは、あり得ない、不勉強である、と批判され続けたとのこと。

    やがてこの現象は「本多・藤嶋効果(Honda-Fujishima effect)」と呼ばれて、今では多くの産業で酸化還元反応に利用される基礎技術となっています。けれどその頃の化学ではエネルギー源としての実用化は難しく、1990年代になって酸化チタン以外の触媒が開発されるまでは、エネルギー分野で話題になることはありませんでした。

    しかしナノテクノロジーや新素材の開発によって光触媒の性能が劇的に向上し、さらにAIを利用した開発環境で効率的な研究が可能になってきたため、世界的な脱炭素の流れを追い風に、急速に注目を浴びるようになってきた、というのが簡単なヒストリーです。

    CO2削減は共通でも各国の目的はさまざま

    左/光触媒パネル、右/発生した水素と酸素の混合気体(画像:NEDO

    昨年の9月、長野県飯田市に世界最大級の人工光合成実証施設が建設されることがわかりました。計画したのは信州大学の研究チームで、2025年度の着工が予定されています。これは従来の30倍の規模で人工光合成を行い、水素を大量に生産する技術を開発するのが目的だそうです。

    光触媒を使った水素の製造は、すでにNEDOが2019年に世界で初めて成功しています。

    世界初、人工光合成によるソーラー水素製造に初めて成功。

    これは産学官のチームであるARPChem(アープケム/人工光合成化学プロセス技術研究組合)とNEDOの共同研究でした。ARPChemは三菱ケミカルやトヨタなど10の企業・団体と東京大学、信州大学などの8つの研究機関が、相互の連携や共同研究などで人工光合成技術を開発していくための組合です。

    光触媒の開発経緯から、日本はこの分野の研究が世界で最も進んでいると思われますが、すでに米国や中国、EUなどでは国家プロジェクトとして大規模な資金投入が行われ、競争が激化しつつあります。

    人工光合成はエネルギーの変換効率やコストの課題がまだまだ大きく、すぐに実用化されるような技術ではありませんが、AIによれば今後20〜30年以内に人工光合成が部分的にでも実用化される可能性は50〜70%程度とのこと。また2050年以降の長期的な未来では、世界に広く普及する可能性もあるそうです。

    日本の人工光合成の実用化目標は、2030年以降にプラスチック原料の大規模実証を行い、2040年にはコスト低減・補助金等による導入支援を行うことなので、あくまでも「プラスチックを作りたい」に軸足があるようですが、世界に目を向けるとCO2削減を共通項としながらも、エネルギーが目的だったり、たんぱく質の合成を目指していたり、重点項目が異なる点が興味深いです。今後、何が主流になっていくか?は、まだ時間が必要なようです。

    今回は人工光合成についてお伝えしました。

    (ミカドONLINE 編集部)


    参考/引用記事: テクノロジーが拓く未来の暮らし Vol.88 世界最大級の人工光合成実証施設でCO₂を資源に変える! | エネフロ 信州大学、人工光合成実証へ―長野に世界最大の施設を2025年建設 | 知財図鑑 信州大学、人工光合成で世界最大級の実証施設 25年度に整備へ – 日本経済新聞(会員限定記事) 藤嶋昭先生第1回|研究者|みらいぶっく|学問・大学なび|河合塾 光触媒の新世界 | 東京大学 人工光合成でソーラー水素を製造、100m2規模の実証試験に世界で初めて成功 NEDOら – fabcross for エンジニア 人工光合成の実用化はいつ?デメリットや問題点、日本企業の動向を解説 | 太陽光発電投資の中古物件購入・売却なら仲介数NO.1【SOLSEL(ソルセル)】 世界初!日本勢がソーラー水素の安全な製造と分離・回収技術を達成 人工光合成に一歩近づく | EnergyShift 人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)へ参画 | ニュース | DNP 大日本印刷 など

    記事一覧