皆さんは自動車の製造工程をご存じですか?今回は知っている方も知らない方もびっくり(!)のギガキャスト工法について解説します。米国EVメーカーのテスラが考案した工法ですが日本のトヨタもこれに追随する方針です。
ギガキャストは自動車ボディを鋳造で一体成型するしくみ
トヨタは自動車ボディの製造にギガキャスト工法の導入を検討していることを今年(2023年)の6月に公表し、9月には生産ラインの準備状況の一部を公開しました。
ギガキャストというのは溶融したアルミニウム合金で自動車の車体部品などを一体成形する鋳造(ちゅうぞう)の工法です。それによって部品点数や製造工程を大幅に削減できるため、今世界から注目されている技術です。
通常、自動車のボディや車体構造部分はロールからカットされた平べったい鉄板を部品ごとにプレス加工で成型し、それらを溶接して仕上げています。
(参考)
FJクルーザーのできるまで 1-2 プレス工程 / FJ Cruiser Assembly Line 1-2
ホンダ車が完成するまで
ところが米国のEV自動車メーカー テスラがそれまでとはまったく違う工法を考案しました。
それは巨大な鋳造機(冒頭写真)に溶けた金属を注入し、今までバラバラにつくっていた箇所をすべて一体化させて、金型で一気に製造するギガキャストと呼ばれる工法です。
この工法は「メガキャスト」「ギガプレス」などとも呼ばれており、合金の鋳物(ダイカスト、ダイキャスト)という点ではミニカーや超合金やゴルフクラブ等の製造と原理は同じです。
(関連)お客様に聞きました① ~長岡ダイカスト工業株式会社 様~
中でもアルミ合金のダイカストは自動車部品の製造でも多用されているごく一般的な方法ですが、それは今までエンジン部品など自動車内部の各パーツを個々につくるための手段でした。
※ダイカストのしくみについては以下の動画をご覧ください。
ミニカーと同じ方法で車をつくったらEVの原価が半分に
テスラ社のCEO イーロン・マスク氏は、自社EVのさらなる生産効率向上と省コストを模索していたところ、リアアンダーボディと呼ばれる後部の足周り部分に70個以上もの部品が使われている点に改善の余地があると感じました。
マスク氏はこれらの部品をたったひとつの大きな部品に置き換えることができれば、リアアンダーボディを組み立てるための大量の溶接ロボットやそれらを複雑に動かす膨大なソフトウェア、そして工場のスペースなど、すべてが不要になると考えたのです。
おもちゃのミニカーからヒントを得て「これと同じ方法(ダイカスト)で本物の車が作れるのではないか?」というアイデアを抱いていた同氏は早速調査に取り掛かり、最終的に「実物と同じサイズの車でもダイカストで製造が可能」という結論に至りました。
そこでまずリアアンダーボディをダイカストで製造するため、イタリアのイドラ社に巨大な鋳造機を発注し2020年に2台が納品されました。
その後テスラは前部にも採用を広げて171個の鉄板部品を2個の巨大アルミ部品に置き換えたところ、約1600回必要だった溶接工程や関連設備も不要になったとのことで、その効果には驚くばかりです。
同社EVの原価は導入翌年の21年に半分(17年比)にまで下がりそれに伴い収益力がアップ、1台当たりの純利益はトヨタの約4.8倍になりました。
※ちなみに強度は保障されており、一体型のため困難と思われる破損時のメンテナンスについても対策があるようです。
(参考)実際にテスラ社のギガキャストマシンが稼働している動画
上の動画がテスラ社のギガキャスト装置です。
巨大な鋳造機で成型されたリアアンダーボディが機械から取り出される様子は豪快ですね。
多くの部品をひとつひとつ溶接して組み立てていくやり方に比べ、すべてをひとつにまとめて一体成型するこの方法なら工程も時間もかなり短縮されることが感覚的にわかります。
テスラCEOのイーロン・マスク氏は少々”個性的”なキャラクターのようですが、いつの時代も革新的な新しい技術というのはそういった常識にとらわれない視点の持ち主から生まれてくるのかもしれませんね。
トヨタが追随するも、日本では課題が多いギガキャスト
そして米EV大手のテスラがギガキャストを導入して3年が経ちました。
テスラに鋳造機を納入したイドラ社によれば「当初、業界内では懐疑的な見方があった」そうですが、今では懐疑論はなくなり、6社の大手完成車メーカーが同技術への投資を決めるまでになりました。
日本でもトヨタが2026年に発売するEVをギガキャストで生産することを決め、ほかにもスバルが採用を検討しているほか、トヨタグループのアイシンやアルミ部品大手のリョービも技術導入に乗り出しているところです。
けれどこの方法が世界の自動車製造の主流になるかどうかはまだ不透明です。
ギガキャスト導入には莫大なコストがかかりますが、テスラには大ヒットした「モデル3」やカローラを抜いて2023年第1四半期に世界で最も売れた「モデルY」という人気EV車があり、大きな投資を行っても回収できる見込みがあります。けれど他社はまだそこまで至っていません。
また部品点数も工程数もここまで劇的に減ってしまうと、世界中の多くの下請け企業に影響が出るのは必至です。
そして日本の場合は設備の搬送や設置場所の確保の難しさも課題です。近年、国内では産業機械メーカーのUBEマシナリーがギガキャスト級の鋳造機を製品化しましたが、大きさだけでなく総重量も日本の道路の制限値をはるかに超えており、道路や橋など安全性の確認や審査で公道を通すための許認可(保安基準緩和)に1年程度かかる可能性もあるそうです。
(関連)海外製大型トレーラーの保安基準緩和申請を行っている山形の行政書士法人ワンチーム様を取材しました
テスラに話を戻しますと、今年の9月、テスラ上海工場の関係筋からの情報として、近々同社のギガキャスト技術が刷新される見込みであることが発表されました。それによってEVの複雑なアンダーボディのほぼ全体をダイカストで一体成型することが可能になるようです。
世界では自動車全体がEVにシフトしつつあるだけでなく、製造の方法も次々と新しい技術が生まれています。日本の自動車産業が今後どう変わっていくのか、不安と期待が入り混じる思いで推移を見守っていきたいです。
(ミカドONLINE編集部)
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参考/引用記事: 教えて!富山けいざい「ギガキャストってなあに?」(PDF) テスラ「おもちゃの車」技術、トヨタ採用で脚光-日本で根付くか – Bloomberg テスラ、ギガキャスト技術のアップグレードで自動車製造革新を加速 「革新的なテスラの自動車製造方法。他メーカーが有効活用するのが難しい本当の理由とは? 後編『自動車業界の概念を破壊したギガプレス』」 – EV cafe – EV専門webメディア など
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