ノーベル賞日本人受賞者(22)中村修二教授は何をした人?~2014年(平成26年)に物理学賞を60歳で受賞~

    みかドン ミカどん

    今回は日本人がいっきに3人も受賞した2014年のノーベル物理学賞受賞者で、前回詳しいご紹介をしなかった中村修二教授について単独でお伝えします。若い方はご存じないかもしれませんが、中村教授の提訴は社会に衝撃を与え、会社で功績のあった技術系社員への処遇に関しても一石を投じるものだったと思います。

    サラリーマン技術者が世界を変える

    2014年のノーベル物理学賞は赤﨑勇教授・天野浩教授・中村修二教授(受賞時米国籍)の3名が同時に受賞し、日本中が大いに沸きました。

    ノーベル財団は個々に実績の異なる3名の研究成果をLED実用化へのプロセスとして一本化し、この3名の授賞理由を「高輝度、省エネルギーの白色光源を可能とした高効率青色発光ダイオードの発明」としました。

    3名の受賞者のうち、赤﨑教授と天野教授は師弟関係にあり名古屋大学で共に開発に携わってきた共同研究者です。一方、中村教授は四国の化学会社「日亜化学」に社員として在籍していたときの研究成果が受賞の対象になりました。

    (参考過去記事)ノーベル賞日本人受賞者(20・21)赤﨑勇教授と天野浩教授は何をした人?~2014年(平成26年)物理学賞を85歳と54歳で受賞~

    赤﨑・天野両氏が開発してきた青色LEDの作成手法に独自の新しい工夫を加え、青色LEDの安定的な量産を可能にしたのが、その当時は日亜化学の社員だった中村修二教授です。

    以下の過去記事にあるように、明るく自然な白色光を出すためには、光の三原色である赤と緑と青に光るLEDが三色すべて揃わないと成り立ちません。

    (過去記事)LEDってそもそもなに?〜照明のカバーを外してみると?〜

    しかし赤と緑はすでに製品化されていたものの、青色のLEDだけはまだ製造手法が見つかっておらず、世界中の科学者が先を争うように研究を競っていました。

    この状況で日本の赤﨑教授が素材を開発し、弟子の天野教授が初期の作成法を発見し、最終的に中村教授がそれに代わる新手法を1993年に発明したことで、ようやくLEDが家庭やオフィスの照明として実用化されることになったのです。

    これによって年間売上高が200億円に満たない地方の中堅企業だった日亜化学は一躍LEDのトップ企業に躍進し、世界シェア1位の会社になるまで大きくなりました(現在は2位。1位は台湾企業)。

    日本の司法制度は腐っている?

    ところが日亜化学が発明の対価として中村教授に支払った金額は出願時に1万円、登録時に1万円の計2万円でした。

    この事実を知って少なすぎる対価に驚いた米国の企業や大学は、中村教授に対して「うちに来ませんか?」と一斉にオファーを送りました。研究開発をめぐる日本と米国の差を痛感した教授は、娘さんからの「もったいない」という言葉をきっかけに転身を決意し、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の教授になりました。

    しかし中村教授の移籍は日亜化学の不信感を招き、渡米後に教授は同社から情報漏洩の疑いで提訴されてしまいます。これに関する会社側の一連の動きや、それまでの処遇に積年の不満が募った中村教授は、逆に会社を相手取って自身の発明に正当な対価を求める裁判を2001年に起こしたのです。

    そして一時は第一審である東京地方裁判所が中村教授の主張を認め、日亜化学が同氏に200億円を支払う判決を出しました。しかも、この金額でさえ本来の対価の一部であるという判決文です。

    しかし、控訴審の東京高等裁判所では、中村教授の特許の有効性を考慮しつつ和解勧告が出され、この提訴は最終的に大きく減額された「約8億4000万円で和解する」という結末になりました。

    裁判での和解勧告は判決と同様の重さと効力があり、守られなければ強制執行もあり得るため、原告も被告も従わざるを得ない側面を持つものです。

    それを受けて中村教授は弁護士とは別に会見を開き「日本の司法制度は腐っている」という言葉を残し米国に帰国しました。

    中村教授のこの裁判の流れは職務発明(企業や大学に所属する人が行う業務上の発明)に携わる関係者に大きな衝撃をもたらし論議を巻き起こしました。

    法律を変えた中村教授の裁判が「世論に負けた」と言われる理由

    この和解勧告が出たのは2003年(平成15年)です。

    今から約20年前は、まだ日本国中に「お金にガツガツするのはみっともない」という考えが根強く残っていました。

    先にこのシリーズで取り上げた島津製作所フェローの田中耕一氏も、ノーベル賞を受賞した発明で会社から受け取った金額は1〜2万円であるらしく、後年、その事実が清貧を好む世間に好感を持って受け入れられました。

    しかし日亜化学は発明の対価以外の部分(給与アップや、研究発表・講演会等の活動の自由度、裁量権等)で中村教授を(日本企業としては)役員並みの好待遇に処しています。

    そのためこの裁判を勧善懲悪の図式でとらえることには異論があるのですが、雇用する側にもされる側にも大きな注目を浴びたこの裁判をめぐる議論は、やがて国を動かし法律の改正につながりました。

    今までは会社側が自由に決めてよかったスター技術者への成功報酬が、両者間の協議を前提とするように内容が変わり、ほかにも将来的にトラブルが出ないように細部も変更されました。

    研究面でも技術者の処遇面でも大きな功績を残した中村教授ですが、今振り返ってみると「往時の裁判は世論に負けた」という見方もあります。

    日本人の国民感情として、何かを強烈に主張するほどアンチが増えるという傾向があり、中村共助のアメリカナイズされた提訴とその言い分は、国内に一定の反感をもたらしました。当初は諸手を挙げて賛同する声が多かった論調が、日が経つにつれて一審判決を疑問視する声に変わっていったのです。

    そして民事訴訟における裁判は国民感情を重視する側面もあるがゆえに、今は「あの裁判の最終判決は当時の報道にも問題があったのでは?」と考える元メディア関係者もいます。「正統性を主張した人が逆に叩かれる図式」は今につながるものがあると感じます。

    中村教授は当時から「ノーベル賞に一番近い人物」と目されていたため、教授の提訴に関しては「そんなことをしたらノーベル賞を取れなくなる」という忠告が多かったそうです。けれど、中村教授は2014年にノーベル賞を受賞し、関係者の心配は杞憂に終わりました。

    中村教授の裁判は「青色LED訴訟」「中村裁判」などと呼ばれて世間に物議をかもしましたが、純粋な探求心に端を発する研究成果が、その後様々な世論の渦に巻き込まれていくのは、研究者にとって煩わしい事実です。

    ですが、そこまで熟慮して戦略的に立ち回らないと自身の利益や功績を正当に主張できない時代になったことを、関係者が一様に思い起こした中村修二教授の2014年のノーベル賞受賞でした。

    (ミカドONLINE 編集部)


    参考/引用:ノーベル賞の中村修二氏、「アメリカの市民権」を取った理由を語る ノーベル賞の中村氏「日亜と仲直りを」 | Science Portal – 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 重要判例!青色LEDの裁判から職務発明の課題まで知財部が解説!【知財タイムズ】 「報道」に負けた中村修二氏 | 日経クロステック(xTECH) 過去から学ぶ 「青色LED訴訟」の渦中、中村氏は起業家支援を考えていた:日経ビジネス電子版 【電子産業史】2005年:「中村裁判」の波紋 | 日経クロステック(xTECH) RIETI – ノーベル賞を機に職務発明規定の見直し論議について考える 青色LEDと中村修二氏と日亜化学と – kojitakenの日記 200億円支払い命令 青色ダイオード訴訟、東京地裁判決|asahi.com など